そのうちに背後《うしろ》の扉《ドア》が開《あ》いた音がしたので、ハッとして振向くと、顎紐をかけた警官が二三人ドヤドヤと這入って来た。皆殺気立った形相をしていたが、振返った私の血だらけの右手を見ると、イキナリ二三梃のピストルを突きつけた。
「動くな。貴様だろう。犯人は……」
 私は静かに寝台の上に突立った。
「そうです。お手数はかけません」
「死骸はどこに隠した……この家《うち》の主人の死骸を……」
「知りません」
 私は内心唖然とした。警官が片附けたのでなければ消え失せるよりほかになくなりようがない筈だ。
「おのれ……白《しら》を切るか」
 というなり、先に立った警官が飛びかかって来た。私は咄嗟《とっさ》の間に身を飜して寝台の中へ飛び込んだ。ストンと音がして、身体《からだ》が階段の上に落ちるとすぐに、跳ね起きて階段を駈け降りた。
 馳け降りると一つの扉《ドア》にぶつかった。ぶつかるとすぐに押開いて中にはいると、頑丈な閂《かんぬき》が取付けてあるのを発見したので、これ幸いとガッチリ引っかけた。私はやっと落着いて、胸の動悸をしずめて真闇《まっくら》になったトンネルを手捜《てさぐ》りで歩き出した。どこへ行くかわからないまま……。

       三

 私は割り切れない不思議な出来事の数々を考え考え暗闇《くらやみ》の中を二三町ほど手捜《てさぐ》りに歩いて行った。
 この上もない卑怯者と思い込んでいた伯父が、この上もなく勇敢に死んで行った事実。その死体が、いつかの間に消え失せた事実。アダリーが私の正体を知っている不思議さ。伯母が私の名前を知っている不思議さ。伯父の死に無関心な伯母とアダリーの白々しい芝居。この伯母が、私の動脈瘤に寄せた深刻な同情……それからあの寝台のトリック……この抜け穴……理窟に合わない事ばかりだ。夢に夢見るような不思議な事ばかりだ。よく私の心臓がパンクしなかった事と思う。今日か明日《あす》に運命が迫っているのに……など思い思い手捜《てさぐ》りをして行くうちに、又一つの階段にぶつかった。螺旋《らせん》型になっているようだ。それを二三十段登り詰めてからマッチを摺《す》ると、回転|扉《ドア》らしいものにぶつかった。上下に手の汚れが附いている。下の方を押してみると案の定クルリと廻転して、美事なアパートの一室に出た。――窓から覗くと下は銀座一丁目の往来だ。

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