ってB町駅から入場券を買ってドロンを極《き》めてしまった。上り列車に乗ったか下り列車に乗ったか、列車が行き違ったのでわからない……という言語道断な騒動になった。万一これが毒殺事件でなくて、真正の虎列剌《コレラ》だったらトテモ重大な黴菌だらけの道行だからね。B町の署長と町長は神様に手を合わせて、
「ドウゾ毒殺事件でありますように……」
 と一心籠めて祈ったという話だが、同情に堪えないね。どうも若い者はコンナ風に思慮がなくて困るんだ。

 そこでその息子の斎藤医学士が居た当大学のM内科でも棄てておけなくなった。M内科部長が事件後四日目か、五日目に、ヒョッコリ吾輩の処へ遣って来て、実はこれこれの事件だが、何とか一つ解決の方法はなかろうかという折入っての話だ。斎藤医学士はトテモ頭がよくて将来惜しい男だ。論文が通過したら何とかして洋行させたいと思っていたところなんだが……と暗涙を浮かべている。師弟の温情|掬《きく》すべし……という訳だね。
 吾輩はその時に初めて詳しい話を聞いたんだが、どうも可笑《おか》しいと思ったよ。毒殺の動機が二千円にしてもアトには後家さんと証文が残っているんだから斎藤さんだ
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