人とも酔っ払っている上に、聞いていたのが若い娘さんだったもんだからドッチがドウ主張し合っているんだか、だんだんわからなくなってしまった。しまいには、お互の家庭教育の攻撃し合いになってソンナ奴の娘は貰わん。遣らん……というところから取っ組み合いになったので、仰天した娘さんが仲裁に這入って二人とも寝かし付けた。斎藤さんは近い処だから帰ると云ったが、ベロベロに酔っ払って危いので、ともかくもお迎えに奥さんが見えるまでという訳で欺《だま》して寝かし付けた。二人は寝てまでも「貴様は国賊だ」「何が国賊だ」と罵り合いながら睡ったというんだが、今も云う通り、若い娘さんが聞いたんだからね。その議論がドレ位の深刻さで闘わされたものか、わかりゃしないやね。

 ところがその夜中になって大変な事が持上った。天神髯の斎藤さんが、恐ろしく苦悶し初めてスバラシク吐瀉し続けて人事不省に陥った。熱は出ていないが見る見るうちに脈が悪くなって、ビクビクと痙攣《けいれん》を起して固くなってしまった。まだ息の在るうちに、その皮膚を獣医の西木さんが抓《つま》んでみたら全く弾力を失ってしまっていたというんだ。
 サア大変だ。コレラだ
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