ト拝見さして頂けますまいか」
「ハイ。この瓶で御座います」
といううちに後家さんは立上って、玄関横の薬局から白の結晶の詰まった茶色の瓶を持って来た。経《たて》一寸五分ぐらい、高さ三寸程……ちょうど西木家の吐酒石酸の瓶ぐらいの横腹に白いレッテルが貼ってあって、酒石酸と活字が三個右から左に並んでいる。後家さんは、それを吾輩の前に据えて、感慨無量という体《てい》で眼をしばたたいた。「これが何か、お調べのお役にでも立ちますので……」と云われた時には吾輩、気の毒とも何とも云いようがなかったね。
「イヤナニ……別に……ちょっと参考まで……」
と云って逃げるように斎藤家を辞して往来に出るとホッとしたもんだが、返す返すも馬鹿馬鹿しい話さね。
普通の内科医の処に在る吐酒石酸の瓶を見て見たまえ、高さ一寸かソコラの小さなものだ。これは人間に飲ませるのだから極く小量しか用意してないのだ。ところが図体《ずうたい》の大きい牛馬に飲ませるとなるとトテモ少々では利かないから獣医の処に在る吐酒石酸の瓶は相当に大きいのが用意して在る。ちょうど内科医の処に在る酒石酸の瓶ぐらいあるんだ。
そいつを夜中に眼を醒ました、
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