思われましょう。
けれども、それは、ホントウに忍び込んで来たに違いないのでした。
それはいつからとも、わかりませんが、月日の経《た》つのにつれて、アヤ子の肉体が、奇蹟のように美しく、麗沢《つややか》に長《そだ》って行くのが、アリアリと私の眼に見えて来ました。ある時は花の精のようにまぶしく、又、ある時は悪魔のようになやましく……そうして私はそれを見ていると、何故かわからずに思念《おもい》が曚昧《くら》く、哀しくなって来るのでした。
「お兄さま…………」
とアヤ子が叫びながら、何の罪穢《けが》れもない瞳《め》を輝かして、私の肩へ飛び付いて来るたんびに、私の胸が今までとはまるで違った気もちでワクワクするのが、わかって来ました。そうして、その一度一度|毎《ごと》に、私の心は沈淪《ほろび》の患難《なやみ》に付《わた》されるかのように、畏懼《おそ》れ、慄《ふる》えるのでした。
けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく態度《ようす》がかわって来ました。やはり私と同じように、今までとはまるで違った…………もっともっとなつかしい、涙にうるんだ眼で私を見るようになりました。そうして、それにつれて何となく、私の身体《からだ》に触《さわ》るのが恥かしいような、悲しいような気もちがするらしく見えて来ました。
二人はちっとも争論《いさかい》をしなくなりました。その代り、何となく憂容《うれいがお》をして、時々ソッと嘆息《ためいき》をするようになりました。それは、二人切りでこの離れ島に居るのが、何ともいいようのないくらい、なやましく、嬉しく、淋しくなって来たからでした。そればかりでなく、お互いに顔を見合っているうちに、眼の前が見る見る死蔭《かげ》のように暗くなって来ます。そうして神様のお啓示《しめし》か、悪魔の戯弄《からかい》かわからないままに、ドキンと、胸が轟《とどろ》くと一緒にハッと吾《われ》に帰るような事が、一日のうち何度となくあるようになりました。
二人は互いに、こうした二人の心をハッキリと知り合っていながら、神様の責罰《いましめ》を恐れて、口に出し得ずにいるのでした。万一《もし》、そんな事をし出かしたアトで、救いの舟が来たらどうしよう…………という心配に打たれていることが、何にも云わないまんまに、二人同志の心によくわかっているのでした。
けれども、或る静かに晴れ渡った午後の事、ウミガメの卵を焼いて食べたあとで、二人が砂原に足を投げ出して、はるかの海の上を辷《すべ》って行く白い雲を見つめているうちにアヤ子はフイと、こんな事を云い出しました。
「ネエ。お兄様。あたし達二人のうち一人が、もし病気になって死んだら、あとは、どうしたらいいでしょうネエ」
そう云ううちアヤ子は、面《かお》を真赤にしてうつむきまして、涙をホロホロと焼け砂の上に落しながら、何ともいえない、悲しい笑い顔をして見せました。
*
その時に私が、どんな顔をしたか、私は知りませぬ。ただ死ぬ程息苦しくなって、張り裂けるほど胸が轟いて、唖のように何の返事もし得ないまま立ち上りますと、ソロソロとアヤ子から離れて行きました。そうしてあの神様の足※[#「登/几」、第4水準2−3−19]《あしだい》の上に来て、頭を掻《か》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り掻き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]りひれ伏しました。
「ああ。天にまします神様よ。
アヤ子は何も知りませぬ。ですから、あんな事を私に云ったのです。どうぞ、あの処女《むすめ》を罰しないで下さい。そうして、いつまでもいつまでも清浄《きよらか》にお守り下さいませ。そうして私も…………。
ああ。けれども…………けれども…………。
ああ神様よ。私はどうしたら、いいのでしょう。どうしたらこの患難《なやみ》から救われるのでしょう。私が生きておりますのはアヤ子のためにこの上もない罪悪《つみ》です。けれども私が死にましたならば、尚更《なおさら》深い、悲しみと、苦しみをアヤ子に与えることになります、ああ、どうしたらいいでしょう私は…………。
おお神様よ…………。
私の髪毛《かみのけ》は砂にまみれ、私の腹は岩に押しつけられております。もし私の死にたいお願いが聖意《みこころ》にかないましたならば、只今すぐに私の生命《いのち》を、燃ゆる閃電《いなずま》にお付《わた》し下さいませ。
ああ。隠微《かくれ》たるに鑒給《みた》まう神様よ。どうぞどうぞ聖名《みな》を崇《あが》めさせ給え。み休徴《しるし》を地上にあらわし給え…………」
けれども神様は、何のお示しも、なさいませんでした。藍色の空には、白く光る雲が、糸のように流れているばかり…………崖の下には、真青《まっさお》く、真白く渦捲《うずま》
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