きどよめく波の間を、遊び戯れているフカの尻尾《しっぽ》やヒレが、時々ヒラヒラと見えているだけです。
その青澄《あおず》んだ、底無しの深淵《ふち》を、いつまでもいつまでも見つめているうちに、私の目は、いつとなくグルグルと、眩暈《くる》めき初めました。思わずヨロヨロとよろめいて、漂い砕くる波の泡の中に落ち込みそうになりましたが、やっとの思いで崖の端に踏み止まりました。…………と思う間もなく私は崖の上の一番高い処まで一跳びに引き返しました。その絶頂に立っておりました棒切れと、その尖端《さき》に結びつけてあるヤシの枯れ葉を、一思《ひとおも》いに引きたおして、眼の下はるかの淵に投げ込んでしまいました。
「もう大丈夫だ。こうしておけば、救いの船が来ても通り過ぎて行くだろう」
こう考えて、何かしらゲラゲラと嘲り笑いながら、残狼《おおかみ》のように崖を馳け降りて、小舎《こや》の中へ馳け込みますと、詩篇の処を開いてあった聖書を取り上げて、ウミガメの卵を焼いた火の残りの上に載せ、上から枯れ草を投げかけて焔を吹き立てました。そうして声のある限り、アヤ子の名を呼びながら、砂浜の方へ馳け出して、そこいらを見まわしました…………が…………。
見るとアヤ子は、はるかに海の中に突き出ている岬の大磐《おおいわ》の上に跪《ひざまず》いて、大空を仰ぎながらお祈りをしているようです。
*
私は二足三足うしろへ、よろめきました。荒浪に取り捲かれた紫色の大磐《おおいわ》の上に、夕日を受けて血のように輝いている処女《おとめ》の背中の神々《こうごう》しさ…………。
ズンズンと潮《うしお》が高まって来て、膝の下の海藻《かいそう》を洗い漂わしているのも心付かずに、黄金色《こがねいろ》の滝浪《たきなみ》を浴びながら一心に祈っている、その姿の崇高《けだか》さ…………まぶしさ…………。
私は身体《からだ》を石のように固《こわ》ばらせながら、暫《しばら》くの間、ボンヤリと眼をみはっておりました。けれども、そのうちにフイッと、そうしているアヤ子の決心がわかりますと、私はハッとして飛び上がりました。夢中になって馳け出して、貝殻《かいがら》ばかりの岩の上を、傷だらけになって辷《すべ》りながら、岬の大磐《おおいわ》の上に這い上りました。キチガイのように暴《あ》れ狂い、哭《な》き喚《さけ》ぶアヤ子を、両腕にシッカリと抱《だ》き抱《かか》えて、身体《からだ》中血だらけになって、やっとの思いで、小舎《こや》の処へ帰って来ました。
けれども私たちの小舎《こや》は、もうそこにはありませんでした。聖書や枯れ草と一緒に、白い煙となって、青空のはるか向うに消え失せてしまっているのでした。
*
それから後《のち》の私たち二人は、肉体《からだ》も霊魂《たましい》も、ホントウの幽暗《くらやみ》に逐《お》い出されて、夜となく、昼となく哀哭《かなし》み、切歯《はがみ》しなければならなくなりました。そうしてお互い相抱き、慰さめ、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じ処に寝る事さえも出来ない気もちになってしまったのでした。
それは、おおかた、私が聖書を焼いた罰なのでしょう。
夜になると星の光りや、浪の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、一ツ一ツに聖書の言葉を※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささ》やきながら、私たち二人を取り巻いて、一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。そうして身動き一つ出来ず、微睡《まどろ》むことも出来ないままに、離れ離れになって悶《もだ》えている私たち二人の心を、窺視《うかがい》に来るかのように物怖ろしいのでした。
こうして長い長い夜が明けますと、今度は同じように長い長い昼が来ます。そうするとこの島の中に照る太陽も、唄う鸚鵡《おうむ》も、舞う極楽鳥も、玉虫も、蛾も、ヤシも、パイナプルも、花の色も、草の芳香《かおり》も、海も、雲も、風も、虹も、みんなアヤ子の、まぶしい姿や、息苦しい肌の香《か》とゴッチャになって、グルグルグルグルと渦巻き輝やきながら、四方八方から私を包み殺そうとして、襲いかかって来るように思われるのです。その中から、私とおんなじ苦しみに囚《とら》われているアヤ子の、なやましい瞳《め》が、神様のような悲しみと悪魔のようなホホエミとを別々に籠《こ》めて、いつまでもいつまでも私を、ジイッと見つめているのです。
*
鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書かれません。
私は、これだけの虐遇《なやみ》と迫害《くるしみ》に会いながら、なおも神様の禁責《いましめ》を恐れている私たちのまごころを、この瓶に封じこめて、海に投げ込もうと思っているのです。
明日《あした》にも悪魔の誘惑《い
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