思われましょう。
 けれども、それは、ホントウに忍び込んで来たに違いないのでした。
 それはいつからとも、わかりませんが、月日の経《た》つのにつれて、アヤ子の肉体が、奇蹟のように美しく、麗沢《つややか》に長《そだ》って行くのが、アリアリと私の眼に見えて来ました。ある時は花の精のようにまぶしく、又、ある時は悪魔のようになやましく……そうして私はそれを見ていると、何故かわからずに思念《おもい》が曚昧《くら》く、哀しくなって来るのでした。
「お兄さま…………」
 とアヤ子が叫びながら、何の罪穢《けが》れもない瞳《め》を輝かして、私の肩へ飛び付いて来るたんびに、私の胸が今までとはまるで違った気もちでワクワクするのが、わかって来ました。そうして、その一度一度|毎《ごと》に、私の心は沈淪《ほろび》の患難《なやみ》に付《わた》されるかのように、畏懼《おそ》れ、慄《ふる》えるのでした。
 けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく態度《ようす》がかわって来ました。やはり私と同じように、今までとはまるで違った…………もっともっとなつかしい、涙にうるんだ眼で私を見るようになりました。そうして、それにつれて何となく、私の身体《からだ》に触《さわ》るのが恥かしいような、悲しいような気もちがするらしく見えて来ました。
 二人はちっとも争論《いさかい》をしなくなりました。その代り、何となく憂容《うれいがお》をして、時々ソッと嘆息《ためいき》をするようになりました。それは、二人切りでこの離れ島に居るのが、何ともいいようのないくらい、なやましく、嬉しく、淋しくなって来たからでした。そればかりでなく、お互いに顔を見合っているうちに、眼の前が見る見る死蔭《かげ》のように暗くなって来ます。そうして神様のお啓示《しめし》か、悪魔の戯弄《からかい》かわからないままに、ドキンと、胸が轟《とどろ》くと一緒にハッと吾《われ》に帰るような事が、一日のうち何度となくあるようになりました。
 二人は互いに、こうした二人の心をハッキリと知り合っていながら、神様の責罰《いましめ》を恐れて、口に出し得ずにいるのでした。万一《もし》、そんな事をし出かしたアトで、救いの舟が来たらどうしよう…………という心配に打たれていることが、何にも云わないまんまに、二人同志の心によくわかっているのでした。
 けれども、或る静かに晴れ渡った午
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