ぞは、棒切れでたたくと、何ほどでも取れました。
私たちは、そんなものを集めて来ると、ムシメガネで、天日《てんぴ》を枯れ草に取って、流れ木に燃やしつけて、焼いて喰べました。
そのうちに島の東に在る岬と磐《いわ》の間から、キレイな泉が潮の引いた時だけ湧《わ》いているのを見付けましたから、その近くの砂浜の岩の間に、壊れたボートで小舎《こや》を作って、柔らかい枯れ草を集めて、アヤ子と二人で寝られるようにしました。それから小舎《こや》のすぐ横の岩の横腹を、ボートの古釘で四角に掘って、小さな倉庫《くら》みたようなものを作りました。しまいには、外衣《うわぎ》も裏衣《したぎ》も、雨や、風や、岩角に破られてしまって、二人ともホントのヤバン人のように裸体《はだか》になってしまいましたが、それでも朝と晩には、キット二人で、あの神様の足※[#「登/几」、第4水準2−3−19]《あしだい》の崖に登って、聖書《バイブル》を読んで、お父様やお母様のためにお祈りをしました。
私たちは、それから、お父様とお母様にお手紙を書いて大切なビール瓶の中の一本に入れて、シッカリと樹脂《やに》で封じて、二人で何遍も何遍も接吻《くちづけ》をしてから海の中に投げ込みました。そのビール瓶は、この島のまわりを環《めぐ》る、潮《うしお》の流れに連れられて、ズンズンと海中《わだなか》遠く出て行って、二度とこの島に帰って来ませんでした。私たちはそれから、誰かが助けに来て下さる目標《めじるし》になるように、神様の足※[#「登/几」、第4水準2−3−19]《あしだい》の一番高い処へ、長い棒切れを樹《た》てて、いつも何かしら、青い木の葉を吊しておくようにしました。
私たちは時々|争論《いさかい》をしました。けれどもすぐに和平《なかなおり》をして、学校ゴツコや何かをするのでした。私はよくアヤ子を生徒にして、聖書の言葉や、字の書き方を教えてやりました。そうして二人とも、聖書を、神様とも、お父様とも、お母様とも、先生とも思って、ムシメガネや、ビール瓶よりもズット大切にして、岩の穴の一番高い棚の上に上げておきました。私たちは、ホントに幸福《しあわせ》で、平安《やすらか》でした。この島は天国のようでした。
*
かような離れ島の中の、たった二人切りの幸福《しあわせ》の中に、恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようと、どうして
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