ル》を引くと扉《ドア》の外の暗いリノリウムの床に、白い服を着た品夫が横たわっていた。
 健策は無言のまま跪《ひざまず》いて脈を取った。そうして強いて落ちついた態度で、傍に突立っている黒木の顔を見上げると、如何《いか》にも苦々しげに頭を一つ下げた。
「……すみませんが……診察室の扉《と》を開けてくれませんか……」

 その夜の三時をすこし廻った頃であった。
 品夫は作りつけの人形のように伏せていた長い睫《まつげ》を、静かに二三度|上下《うえした》に動かすと、パッチリと眼を見開いた。そうして黒い瞳を空虚《うつろ》のように瞠《みは》りながら、仄暗《ほのくら》い座敷の天井板を永い事見つめていた。
 それから瞬《まばたき》一つせずに、頭をソロソロと左右に傾けて、白いずくめの寝具と、解《と》かし流されたまま、枕の左右に乱れかかっている自分の髪毛《かみのけ》を見た。それから、黒い風呂敷を冠せられている枕元の電気スタンド……床の間に自分が生《い》けた水仙の花……その横の床柱に、白い診察着のまま倚《よ》りかかって腕を組んで睡っている健策の顔……その前の桐の丸火鉢の上で、仄《ほの》かに湯気を吐いている鉄瓶
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