るし、余程の強敵に出会って狼狽《ろうばい》でもしなければ、そんな目に会う筈は無いと云うのです」
「いかにも……その考えは間違い無さそうですな」
「僕にもそう思えるのです。しかし何しろ、その屍体の上には、岩と一《ひ》と続きに、雪がまん丸く積っていた位で、附近には何の足跡も無いために、犯人の手がかりが発見出来なくて困ったそうです」
「そうですねえ。あとから雪が降らなかったら何かしら面白いことが発見出来たかも知れませんが……」
「そうです。尤も雪というものは人間《じんげん》の足跡から先に消え初めるものだと村の猟師が云ったとかいうので、雪解けを待って今一度、現場附近を調べたそうですが、源次郎氏が通る前にS岳峠を越えた者は一人や二人じゃなかったらしいので……おまけに現場附近は、屍体を発見した学生連に踏み荒されているので、沢山の足跡が出るには出たそうですが、いよいよ見当が附かなくなるばかりだったそうです」
「……すると……つまりその捜索の結果は無効だったのですね」
「ええ……全然|得《う》るところ無しで、K町の新聞が盛んに警察の無能をタタイたものだそうです。……しかしそのうちに乳飲児《ちのみご》の
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