が、頭のステキにいい、何につけても器用な男で、人柄もごく温柔《おとな》しい方だったので、養父《ちち》の玄洋が惚れ込んでしまって、うちの養子にしようかなどと、養母《はは》に相談した事も、ある位だったそうです」
「ハハア。玄洋先生は余程開けたお方だったのですな」
「そうですね。養父《ちち》はどっちかと云えば人を信じ易い性質《たち》だったのでしょう。品夫の実父の源次郎氏の事なども、獣医には惜しい立派な人物だと云って賞《ほ》め千切《ちぎ》っていたようですが、よく聞いてみるとそれ程の人物でもなかったようで、こんな村の獣医相当の人間だったのでしょう。一見して変り者に見える、黙り屋の無愛想者だったそうで、友達なども養父《ちち》の玄洋以外に一人も無かったそうです。……趣味といっては唯《ただ》銃猟だけだったそうですが、これは余程の名人だったらしく、十年ばかり居る間に、S岳界隈の山の案内は、所の猟師よりももっと詳しく知り尽していたという事で……気が向くと夜よなかでもサッサと支度して、鉄砲を荷《かつ》いで出て行くので、あくる朝になって家《うち》の者が気が付く事が多い……そうして帰って来ると、いつもこの上なし
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