全然無意義なものになってしまうのです。あなたの御註文通りにね……」
「エッ。全然無意味……僕の註文通りに……」
健策は一寸《ちょっと》の間《ま》唖然《あぜん》となった。そうして眼をパチパチさせて面喰っていたが、まもなく落ち付きを取り返すと、テレ隠しらしく、両膝を無造作に抱え直してゆすぶり始めた。又も思い切って赤面しながら……。
「ハハア。イヨイヨ素敵ですな。是非聴かして下さい……その第六感というのを……」
黒木は赤ん坊をあやすように、鷹揚《おうよう》にうなずいた。
「無論お話します。……しかしその前に、先ず今のような第六感を受けなかった前の、私の平凡な常識判断から申しますと、元来かような迷宮式の事件というものは、色々な考え方があるものなので、それを或る一方からばかり見ているために、判断が中心を外《そ》れて来て、自然《ひとりで》に迷宮を作るような事になるのだと思います……殊に人の噂とか、当局の眼とかいうものは、物事に疑いをかける癖が付いているので、色々な出来事の一ツ一ツが、何となくその疑いの方向に誇張して考えられたり無理に結び付けられたりし易い。そのためにいよいよ迷宮を深くして行き勝ちなものだと思いますがね」
「賛成ですね。成る程……」
「ところで、こう申上げては失礼かも知れませんが、あなたの御養父《おとう》様のこの事件に対する判断や、御記憶なぞいうものは、どこまでも人情的……もしくは常識的になっておりますので……あなたも主としてその御養父《おとう》様からお聞きになったお話を骨子として判断をなすった結果、同じ結論に到着されたものと思いますが……」
「その通りです……それで……」
「それでそのお話を、あなたから間接に承わったところによって考えまわしてみますと、この事件の内容はあらかた三ツの出来事に分解する事が出来ると思うのです」
「成る程……そこまでは僕等の考えと一致しているようです」
「……そうですか。それでは説明する迄も無いかも知れませんが、第一は単純な実松源次郎氏の墜死そのものです」
「いかにも……」
「その次は源次郎氏の貯金の紛失事件で、今一つはその甥の行方不明事件と、この三つが固まり合ったのが一ツの事件として判断されているのでしょう」
「敬服です。いよいよ敬服です」
「……ところで、この三ツの事件を組み合わせて、一ツの事件として観察してみますと、かなり恐ろしい事件に見えますね。……つまりその悪人の何とかいう青年が、大恩ある品夫さんのお父さんを、山の上で惨殺して、財産を奪って逃げた事になるので、この事件は、そうした残忍非道な性格によって行われた、計画的な犯行という事になるでしょう」
「全くその通りです。実松源次郎氏を殺さずとも、その恩義を忘れただけでも当九郎は大罪人だ……と養父《ちち》は云っておりました」
「ところがです……ここで今一つお尋ねしますが貴方は……貴方のお養父《とう》様でもおなじ事ですが、この三ツの事件を別々に引き離してお考えになった事は、ありませんか」
「……………」
健策は膝を抱えたまま頭を強く左右に振った。思いもかけぬ……という風に……。黒木は白い歯を露《あら》わして微笑した。
「……ハハア。おありにならない。多分そうだろうと思いました。それならば試しに、この事件の三ツの要素を、一ツ一ツに分解して考えて御覧なさい。そんな有《あ》り触《ふ》れた殺人事件なぞより数層倍恐ろしい……戦慄《せんりつ》すべき出来事となって、貴方がたの眼に映じて来はしまいかと思われるのですが」
「……数層倍恐ろしい……」
「そうです……おわかりになりませんか」
「わかりません」
「ハハア。おわかりにならない……イヤ御尤《ごもっと》もです。私の判断の根拠というのは、今も申します通り、極めて非常識なものですからね……しかし或る程度までは常識で説明出来るのです。否《いな》……却《かえ》って私の考えの方が常識的ではないかと思われるのですが……」
「ハハア……それはどういう……」
「……まず……この事件の犯人と目されている今の……エエ。何とかいいましたね。ソウソウ当九郎……その甥の行方不明と、この事件とが結びつけられているのは一応もっとも千万な事と考えられます……というのは、源次郎氏の妻君と、忠義な乳母《うば》のお磯とを除いた村の人間の中《うち》で、源次郎氏が金を隠している場所を発見する可能性が一番強いのは、誰でもない……その甥の当九郎という事になるのですからね」
「いかにも……」
「……一方に叔父御《おじご》の源次郎氏は、変人の常として、存外、用心深いところもあるので、支那人のように全財産を胴巻か何かに入れて、夜も昼も身に着けておく習慣があったかも知れない。それを又当九郎が推察したものとすると、その金を奪うためには是非とも源次郎氏を殺さ
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