るのも、何かの因縁《いんねん》だろうと思ってコンなお話をするんですからね……御腹蔵の無いところを打ち明けて下すった方が、却《かえ》って功徳《くどく》になるんですよ……ハハハハハ」
 こう云ううちに健策は全く昂奮が静まったらしくノンビリした顔色になった。同時にいくらか話に飽きが来たらしく、あおむいて小さな欠伸《あくび》を出しかけた。しかし黒木は依然として表情を動かさなかった。なおも腕を深く組んで何事か考えまわしているらしかったが、そのうちに両手で眼鏡をかけ直しながら、軽い溜息《ためいき》と一緒につぶやいた。
「サア……それをお話していいか……わるいか……」
「ハハハハハ。お話出来なければ無理に伺わなくともいいんですがね。……元来これは僕等二人の間に、秘密にしておくべき問題なんですから……しかし、くどいようですが、たとい品夫がドンナ身の上の女であろうとも、二人を結びつけている死人の意志は、絶対に動かす事が出来ない訳ですからね。よしんば品夫のためにこの家が滅亡するような事があっても、それが故人の希望なんですから、その辺の御心配は御無用ですよ……ただ参考のために承っておくに過ぎないのですからね。ハハハハハ、こう云っちゃ失礼かも知れませんが……」
 健策は相手を皮肉るでもなくこう云って笑うと、思い切って大きな欠伸《あくび》を一つした。硝子《ガラス》窓越しにチラチラ光る綿雪を見遣りながら……。
「……成る程……それでは……私の意見《かんがえ》を……申してみますが……」
 黒木はやっと決心したらしく、窮屈そうにこう云いながら、火鉢の横に転がっている大きな湯呑を取り上げて白湯《ゆ》を注いだ。すると健策もそれに倣《なら》って、長椅子の下から硝子コップを取り上げた。
 二人の間には又も新らしい談話気分が漲《みなぎ》った。健策はフウフウと湯気を吹きながら、剽軽《ひょうきん》な調子で云った。
「……どうか願います。品夫の一生の浮沈にかかわる事ですから……」
 しかし黒木はどこまでも真面目な、無表情のうちにうなずいた。湯呑を片わきへ置きながら……。
「イヤ……重々御尤もです。それじゃ、お話できるだけ、してみましょうが、その前にもう一つお尋ねしたい事がありますので……」
 健策もコップを畳の上に置きつつ、気軽にうなずいた。
「ハア。何なりと……」
「……イヤ。ほかでもありません。つまり品夫さんのお父様に関する今のお話ですがね……そのお父様が変死された事について、品夫さんは矢張《やは》り御自分一個の観察を下してお在《い》でになるでしょうね」
「……観察というのは……」
「……そのお父さまの変死が、何故に他殺に相違ないか……というような事です」
「それは相当考えているでしょう。探偵小説好きですからね……しかしそんな事を面と向って尋ねた事は一度もありませんよ。もう過ぎ去ってしまった事ですし、そんな事を訊いて又泣き出されでもすると面倒ですから……」
「ハハア。成る程……それじゃ貴方は、貴方御自身だけで別の解釈を下しておられる訳ですナ」
「イヤ。解釈を下すという程でもありませんが、僕だけの常識で説明をつけておるので、手ッ取り早く云うと養父《ちち》と同じ意見なのです。……要するに最小限度のところ、実松源次郎氏の変死を自殺、もしくは過失と認むべき点はどこにも無い……他殺に相違無いという事に就いては、疑う余地が無いと信じているのですが……」
「……では玄洋先生も初めから、実松氏の甥の所業《しわざ》と睨んでおられた訳ですな」
「まあそうなんです。しかし、これは要するに、今お話したような事実を土台にして、色々と推量をした結果、最後に生まれた結論に過ぎないので、元来が迷宮式の事件なのですから、あなたの方からモット有力な、根拠のある御意見が出たら、その方に頭を下げようと思っているのですが」
「イヤ。根拠と云われると困るのですが……有体《ありてい》に白状しますと、私の意見というのはタッタ今、あなたのお話を聞いているうちに、私の第六感が感じた判断に過ぎないのですからね」
「ホウ……タッタ今……第六感……」
 と健策は眼を丸くして腮《あご》を撫でた。黒木は心持《こころもち》得意らしくうなずいた。
「そうです。私は永年、生命《いのち》がけの海上生活をやって来たものですから、事件と直面した一刹那に受ける第六感、もしくは直感とでも申しますか……そんなものばかりで物事を解決して行く習慣が付いておりますので……この事件なぞも、そんなに長い事未解決になっている以上、その手で判断するよりほかに方法が無いと思うのですが」
「……成る程……素敵ですナ……」
「ええ。あまり素敵でもないかも知れませんが……しかし、それでも、そうした私一流の判断でこの事件を解釈して行きますと、只今の品夫さんの復讐論なぞは、
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