磯婆さんも死んでしまって、今では全くの一人ぽっちになっているんですからね」
「御尤《ごもっと》もです」
 と黒木は又も深い溜息をしながらうなずいた。そうして気を換えるように云った。
「……ところで……これはお尋ねする迄も無い事ですが、品夫さんは実のお父様が亡くなられた時の事をスッカリ聞いておいでになるでしょうね」
「それは無論です。うちの養父母《おやたち》や、お磯婆さんから飽きる程繰り返して聞かされているでしょうし、又、村の者の噂や何かも直接間接に耳にしている筈ですから、恐らく誰よりも詳しく知っているでしょう。……とにもかくにも復讐をするという位ですからね……ハハハハ……」
「いかにも……しかしその復讐をされるというのは……どんな手段を取られるおつもりなのでしょう……」
「さあ……そこ迄は聞いていませんがね。アンマリ馬鹿馬鹿しい話ですから……それよりも、そんな事を云い出す品夫の気もちが、第一わからなくて困っているんです……ですから、こんな内輪話《うちわばなし》をお打ち明けした訳なんですが……」
「……成る程……」
 と黒木は火鉢の灰を凝視《みつ》めたままうなずいた。そうして暫《しばら》く何か考えているようであったが、やがて静かに顔をあげると、依然として遠慮勝ちに問うた。
「それから……これも余計な差し出口ですが、品夫さんの戸籍謄本《こせきとうほん》は取って御覧になりましたか?」
「ハア。養父《ちち》が取っておいたのが一枚ありますが、実松源次郎の長女品夫と在るだけで、全く身よりたよりの無い孤児です。……三四年|前《ぜん》にわざわざC県まで人を遣って調べた事もあるそうですが、ずっと前から故郷に親戚が一人も居なくなっていたのは事実で、当九郎の両親の名前も知っている者が居ない位だったそうです……しかし、それがこの事件と何か関係があるのですか?」
「……イヤ……関係がある……という訳でもないのですが……」
 黒木は何故か言葉尻を濁《にご》すと、前よりも一層憂鬱な態度で、腕を深く組みながら考え込んだ。その黒眼鏡の下の無表情な顔色を、健策はさり気なく眺めていたが、やがて片膝を抱え上げながら、所在なさそうにゆすぶり初めた。
「黒木さん。遠慮なさらなくともいいんですよ。……貴方《あなた》とは、もう久しい間御懇意に願っていますし、ちょうど品夫の父親の二十一回忌に当る年に、こんな大雪が降
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