じゅう》が引っくり返るほど笑い転げていた事を思い出すと、やはりソンナ話を睾丸《きんたま》の毛を剃り剃り父が話していたのかも知れぬ。とにかく父が帰ると同時に家中が急に明るく、朗らかになった気持だけは、今でも忘れない。
 なお父が濛々たる関羽髯を剃落したのも、その序《ついで》ではなかったかと思う。

 それから父は、家族連中の環視の中で、先祖重代の刀を取出して、その切羽《せっぱ》とハバキの金を剥ぎ、鍔《つば》の中の金象眼《きんぞうがん》を掘出して白紙に包んだままどこかへ出て行った。そうして直ぐに帰って来たようにも思う。ナカナカ帰って来なかったようにも思う。

 その後《のち》の事であったか、その時の事であったか、父の弟《おとと》の五百枝《いおえ》と、末弟の林|駒生《こまお》と三人が、家の外に集まって下水の掃除をしていた姿を思い出す。その中で、どうしても一個所竹竿の通らない処を、父が鍬《くわ》で掘出して土管を埋め直し、若い叔父さま二人に水を汲んで来て流して見ろと命じていた。その泥だらけの颯爽《さっそう》たる姿を、そこいら一面に生えていた、犬蓼《いぬたで》の花と一所《いっしょ》に思い出す。


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