ころで頭山も俺も睾丸《きんたま》の毛にシラミがウジャウジャしていたから、一つこいつを喧嘩させて見ようではないか。そうして負けた方がここに滞在して小さくなっている。勝った方が金策に出る事にしようではないかと云うと、頭山が面白い、やってみようと云うた。ところが頭山のヤツは真黒くて精悍《せいかん》な恰好をしている。俺のに湧いたヤツは真白くてムクムク肥って活動力がないのでドウ見ても勝てそうにない。しかし俺には確信があったから、新聞紙を四ツに折って、その溝の十文字の処で選手を闘わせてみると案の定俺の白いヤツが黒い奴を押し倒おして動かせない。そこで俺が解放される事になって帰って来た訳だが、ナアニ頭山は正直だから、シラミを逃がさないようにシッカリと抓《つま》んで出すのだから、土俵へ上らない中《うち》に代表選手が半死半生になっている。これに反して俺の方は、選手を抓み出す時から出来るだけソーッと抓んで掌《てのひら》に入れてソーッと下に置くのだから双方の元気に雲泥の相違がある。勝敗の数は勿論、問題じゃないことになるのだ」
 これも事実だかどうだか頭山さんに聞いてみない事にはわからないが、その時に家中《うちじゅう》が引っくり返るほど笑い転げていた事を思い出すと、やはりソンナ話を睾丸《きんたま》の毛を剃り剃り父が話していたのかも知れぬ。とにかく父が帰ると同時に家中が急に明るく、朗らかになった気持だけは、今でも忘れない。
 なお父が濛々たる関羽髯を剃落したのも、その序《ついで》ではなかったかと思う。

 それから父は、家族連中の環視の中で、先祖重代の刀を取出して、その切羽《せっぱ》とハバキの金を剥ぎ、鍔《つば》の中の金象眼《きんぞうがん》を掘出して白紙に包んだままどこかへ出て行った。そうして直ぐに帰って来たようにも思う。ナカナカ帰って来なかったようにも思う。

 その後《のち》の事であったか、その時の事であったか、父の弟《おとと》の五百枝《いおえ》と、末弟の林|駒生《こまお》と三人が、家の外に集まって下水の掃除をしていた姿を思い出す。その中で、どうしても一個所竹竿の通らない処を、父が鍬《くわ》で掘出して土管を埋め直し、若い叔父さま二人に水を汲んで来て流して見ろと命じていた。その泥だらけの颯爽《さっそう》たる姿を、そこいら一面に生えていた、犬蓼《いぬたで》の花と一所《いっしょ》に思い出す。


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