―という芸術界の最大の標語がそれであります。
 その人物になり切ってしまう――見物の中にいい女がいようと、道具方が不行届であろうと、相手方がまずかろうと、人気があろうと無かろうと、そんな事は一切お構い無しに、すべての娑婆世界の利害損失の観念、即ち自己から離れてしまって、その持ち役の人物の性格や身の上を自分の事と思い込んで終《しま》う。その持ち役の人物と扮装と科白《せりふ》と仕草とに自分の本心を明け渡して終う。
 その境界になり切ってしまう――すべての実世間の時間と空間とを脱却して、舞台上の時間と空間に魂の底まではまり込んでしまう。舞台の道具立て、入れかわり立ちかわる役者の表現、そこに移りかわってゆく出来事と気分、そこにしか自分の生命は無いようになってしまう。

     実在する悪魔
       ――悪魔式鼻の表現(三)

 然るにここに、この名優式の鼻の表現法を堂々と実世間で御披露に及んで、名優以上の木戸銭や纏頭《はな》を取っているものがザラにいるのには驚かされるのであります。
 その主なるものは、毒婦とか色魔とか悪党とか又は横着政治家(政治家でいて横着でないものはあまりありますま
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