《からだ》のこなしや眼や口の表現は勿論、鼻の表現までも遺憾なく支配し得たものと認め得べき理由があります。
泣く時は衷心から泣き、笑う時は腹の底から笑う。怒る時は鼻柱から眉宇《びう》にかけて暗澹《あんたん》たる色を漲《みなぎ》らし、落胆する時は鼻の表現があせ落ちて行くのが手に取るように見えるまで悄気《しょげ》返る。悠々たる態度の裡に無限の愁いを含ませ、怒気満面の中に万斛《ばんこく》の涙を湛《たた》え、ニコニコイソイソとしているうちに腹一パイの不平をほのめかす。
これが所謂腹芸という奴で、こうして名優の心の底の変化は腹の底から鼻の頭へ表現されて、自由自在に見物に感動を与える事、恰《あたか》も無線電信のそれの如くであります……。しきりにシカメ面をして涙を拭う真似をしていながら、鼻だけはノホホンとしているために見物には何の感動をも与え得ないヘッポコ役者の表現法とは、その根底の在り処が違うのであります。
彼等名優がどうしてこのような不可思議な術を弄する事が出来るかという疑問は、昔から既に解決されております。その人物になり切って[#「なり切って」に傍点]しまう――その境界になり切ってしまう―
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