も消費経済とかいう思召《おぼしめし》で却ってこのようなのが、エヘヘヘヘヘ」
 とか何とか思い切って踏ん込めば、最後の「ネーアナタ」と「止むを得ぬ」とを同時に占領する事が出来るのであります。
「あなたの御蔭で私は起死回生の思いを致しました。御鴻恩《ごこうおん》は死んでも忘却致しませぬ」
「どう致しまして。畢竟《ひっきょう》あなたの御運がいいので……何しろ結構で御座いました」
 というような会話が如何にもまことしやかに取り換わされます。ところがお礼を云われた方では何だか物足りないような気がしている。
「あいつどうも本当に有難がっていないらしい。世話をして見ると案外軽薄な奴に見える。一寸一杯喰わされたかな」
 という一種の不愉快と不安が湧いている。そのような場合はきっと相手の鼻が衷心からの感謝の意を表明していないためで、
「こう云っときゃあ喜ぶだろう。又頼む時にも都合がいいから」
 位の有難さしか感じていないその熱誠の度合いがそっくりそのまま鼻の頭に顕《あら》われていて、その眼や口が表現している熱度よりも著しく低い度合を示しているからであります。
「お宅に伺いますとついのんびりして了《しま》
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