に対して、何等かの表現能力を持っている事を認め得られない筈はありませぬ」
 果せる哉《かな》、検事の論告は、矢張り検事の役目に背いたものでありませんでした。この三ヶ条の議論は表面上、鼻の動的表現能力存在の可能性を極力主張しているようでありますが、よく考えて見ると左様でないのでありました。いくら鼻が動的表現に埋もれていても、何ぼ形容詞が沢山にあっても、何程都合がよくっても、又は鼻が神様と同格のものであるとしても、眼や口と同じような表現を鼻に押しつけるのは無理であるという事を、深く深く認めさせようという議論の立て方でありました。
「動的表現界に於ける鼻の詐欺行為」は、こうして尽《ことごと》く肯定本料に依って埋めつくされそうに見えました。
 この巧妙なる論告に対して静的表現界の代表者、月の神は立上りました。冷やかな態度でかような弁護をしました。
「私は鼻の動的表現を認める事が出来ませぬ。最前の審問に於て、ダメス王の鼻は――記憶せず――と云い抜けて、暗《あん》にその無能力を認めております。
 すべて動的表現をするものは、色か形か何かを動かしていなければなりませぬ。波を切りわけて行く船の舳《じく
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