言語文章、絵画彫刻なぞいうもの、又は外国語等にも亘って調べましたならば、随分沢山の鼻の表現が現われて来るであろうと想像されます。しかし以上述べましただけでも「鼻の表現」は存在するものである、就中《なかんずく》その動的表現は意想外に夥《おびただ》しいもので、しかも顔面の表現の中《うち》で最も偉大な役割を勤めているものであるという事があらかた御諒解出来たであろう事を信じます。
 しかし或る一部にはまだこの鼻の表現について疑いを有しておられる方が無いとも限りませぬ。
「それはそんな気がするだけで、コジ付けと云えば云われぬ事もないが」
 と考えられる方がおられる事と思います。これはかような方面にあまり興味を持たれぬ方々の云い草でありましょうが、同時に「表現」とか「表情」とかいう方面に特殊の注意を払っておられる人々はかような疑問を挿まれはしまいかと推測されるのであります。
「鼻の表現というのは一種の錯覚に過ぎぬ。顔面の他の部分の表現が鼻を中心として飛び違うために、その十字線が丁度鼻の上に結ばって一種の錯覚を起すものである。強《あなが》ちに鼻ばかりが本心の動き方を表現し得るものでない。寧《むし》ろ
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