歩を進めて、この鼻なるものは断じてそんな表現界の死物ではない。又は中風病みか鉛毒に罹《かか》った役者位にしか顔の舞台面の表現に役に立たぬものではない。他の眼や口なぞいう動的役者以上に多くの表現をそれ等以上に深刻に表現するものである。顔面表現の大立物である。
 しかも顔面表現のみならず、その人の全身の表現と深厚なる関係を持っているものである。もしこの鼻の表現と鼻以外のすべての表情とが一致しない時は、その人の表現は全然失敗となる。その人の表情は尽《ことごと》くその純な美しさを失って決して相手に徹底せぬ。
 もし又この鼻の表現を自由に支配して他の各部の表現と一致共鳴させる事が出来たならば、二重、三重、否、数重の意味を同時に表現することが出来る。芸術的の表現の場合なぞは殊《こと》にそうで、この技術を体得した人は千古の名優と称して差し支えない。又この事実を認めぬ時は如何に表情が巧みであっても後代に感銘を残す程の役者には絶対になり得ないものである事がわかったら、どんな事になるでしょうか。
 更に更に一歩を進めて、この鼻の表現を研究し練磨し修養をするということが人生終極の目的と一致するものである。大
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