す。
 但しこんなのは端《は》した天狗で、もっと上等の天狗になると、ちゃんと人間の形をして鼻ばかり高いのが出て来るのであります。これは精神的にも物質的にも囚われていないと自惚《うぬぼ》れた天狗様で、なかなか気の利いた通力を持っているものであります。
「外面的の生活に囚われた奴は人間の形をした植物である。又内面的な生活に囚われた奴は人間の心から動物に退化した奴である。何ものにも囚われぬ人間たる乃公《おれ》の支配下に属すべきものである。
 彼等は皆悉くおれの用を達しに来た者である。そうしてみんなおれの厄介にならなければ、何の役にも立たない奴ばかりである。生まれた甲斐の無い奴ばかりである。こんな天狗たちは元来おれの同胞であり後輩である。弟子たちである。同時にこんな後輩たちは、それぞれその囚われた鼻の表現で、おれに囚われてはいけない事を身を以て教えてくれたものである。或る意味から云えばおれの家族、分身である。恐ろしく心配をかける奴ばかりである。
 けれ共また、飽く迄も可愛い奴である。
 此奴等《こいつら》がいないと、此方輩《こっちはい》は早速困る事になるのだ。
 沙漠の中の一人ぼっちになるのだ
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