たという事を未だ嘗《かつ》て一度も承わった事が無いのであります。
活動やお芝居なぞを見ておりましても一層この感じを深く裏書きされるのであります。世界を挙げて人類は鼻の表現を一切打ち忘れて、鼻以外の表現法ばかりを研究しているものときめかかって差し支えないようであります。
大袈裟なところでは眉が逆立ちをしたり、眼が宙釣りになったり、口が反《そ》りくり返ったりします。デリケートなところでは唇がふるえたり、眼尻に漣《さざなみ》が流れたり、眉がそっと近寄ったりします。その他頬がふくれたり、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》がビクビクしたり、歯がガッシガッシしたりする。しまいには赤い舌までが飛び出して、上唇や下唇をなめずりまわし、又はペロリと長く垂れ下ったりします。
その上に足の踏み方、手の動かし方、肩のゆすぶり方、腰のひねり方、又はお尻の振り方なぞいう、顔面表現の動的背景ともいうべき大道具までが参加して、縦横無尽千変万化、殆ど無限ともいうべき各種の表現を行って着々と成果を挙げているのであります。
然るにその中央のお眼通り正座に控えた鼻ばかりはいつも無でいるようでありま
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