この態度を見た満廷の諸神は、皆驚きの評を発しました。今まで死後の裁判に引き出されて、怖れ戦《おのの》きつつ自分の善行を陳《の》べ立てぬものは只の一人も無かったのであります。既に木乃伊《ミイラ》にされたダメス王自身でさえも、一平民と同様に法廷の甃《いしだたみ》にひれ伏した位でありました。然るにその鼻ばかりが王の生前の威儀を保ち、神々を恐れる気ぶりも見せぬという事は、実に前代未聞の事であったからであります。
顔を見合わせた判官たちは、次々に立ってダメス王の鼻の訊問を初めました。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
問…被告ダメス王の鼻よ、汝は汝自身に静的と動的の両表現界のいずれに属するものと信ずるや。
答…予は両表現界の代表者なり。
問…王の眼、口、眉等は王の生前、各独立してその固有の動的表現をなし得たり。汝は独立して何等かの表現をなし得たる記憶ありや。
答…無し。
問…被告ダメス王の鼻よ。汝は汝自身に非ざればなし得ざる表現として他に認められたるものありや。
答…無限にあり。
問…そは他の顔面表現係の補助を受けてなし得たるものに非ざるなきか。
答…記憶せず。
問…この事に就いて考えたる事なきや。
答…考えてなし得る表現は尽く虚偽なり。生命は刻々に流転す。予はその真実を知るのみ。
問…知りしのみにて表現はせざりしか。
答…記憶せず。
問…王の眼、口等は王の命に依ってその敵手たるキタ人、エチオピア人、アッシリア人、リビア人、又はその愛する女性等に対し屡《しばしば》虚偽の表現をなせり。而して屡その虚偽なる事を看破されたり。王の本心を知り得る汝は窃《ひそか》にこれを表現したる事なきや。
答…記憶せず。
問…然からば汝は如何なる能力を自信して王の表現のすべての代表者なりと云うか。
答…予はダメス王の鼻なり。
問…王の動作もしくは静的表現の成果のすべてを盗みしに非ざるか。
答…知ってこれを代表せしのみ。
問…ダメス王は汝が王のすべてを知れる事を知れりや。
答…知らず。
問…何故に知らざるか。
答…自惚《うぬぼ》れのために。
問…汝の知り且つ代表せる範囲とは、王自身の有意識界、無意識界、動的表現界、静的表現界のすべてを意味するか。
答…それ以上。
問…王の生前死後の総てを含むか。
答…それ以上。
問…王を中心とする自界他界、宇宙万有、地獄天堂の過去現在未来までもか。
答…そ
前へ
次へ
全77ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング