れ以上。
問…叱《しっ》! 汝はホリシス神の御前にある事を忘れたるか。
答…ホリシス神が予の前に在るを知るのみ。
問…咄《とっ》! 然らば汝は神なるか。
答…人間の鼻なり。
問…汝の答弁は尽くその真なる事をホリシス神に誓い得るか。
答…誓うに及ばず。
問…言語道断! 何故に。
答…ダメス王の鼻、神の鼻に非ず。
[#ここで字下げ終わり]
 独立|不羈《ふき》、神を神とも思わず、ダメス王の鼻はこうして遂に神の法廷を威圧して終《しま》いました。その答弁は一つ一つに諸神を驚かすばかりでありました。真実《まこと》か虚偽《うそ》か、本気か冗談か、平気か狂気か、イカサマ師か怪物か、そうして有罪か無罪か判断に苦しむ大胆さ、しかも生前の主人ダメス王の真価値は勿論、神の権威の軽重までも計りそうな意気組を示しております。
 只ホリシス神の御機嫌のみは益《ますます》麗しいと見えまして、その顔色は益晴れやかに輝き渡りました。
 これに力を得た判官の一人は立ち上って、眉と眼と口と耳の四人の証人に向って、鼻の言葉の真実《まこと》であるか否やを問いました。然るに驚くべし、眉は最前から逆立ちをしております。同様に眼は色が変り果てております。口は顋《あご》が外れたと見えまして開きっ放しになっております。耳は大熱に浮かされて火のように赤く燃え上っております。今まで友達と思っていた鼻が、生前の温柔《おとなし》さにも似ず余りに無法な方言をするのに驚かされて、巻き添いを喰いはしまいかという極度の恐怖から、かように正気を失ったものと察せられました。命に依って現われた法廷の掃除人、蟻の神は四人の証人をそのままにダメス王の木乃伊の寝棺に返してしまいました。
 判官は仕方なしに仮りに鼻の答弁を真実と認めて、これに依って検事と弁護士とに罪の有無を論争させる事にしました。

     権威と使命
       ――鼻の動的表現(七)

 検事の役目を承わった動的表現界の代表者、犢《こうし》の神は鼻息荒く立ち上って、劈頭《へきとう》左の如く論じ出しました。
「被告ダメス王の鼻には動的表現があったと認めなければなりませぬ。動的表現界に於ける詐欺行為者と認める訳には参りませぬ。ダメス王の鼻は王の生前に於て眼や口その他の動的表現係より受けたる恩義に酬《むく》ゆるために王の死後、『動的表現をなしたる記憶無し』と主張している者である
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