は、太陽を象徴した天地諸神の主神ホリシス神が、風雨雷電の神を従えて座を構えておる様子であります。
 その左右中段には四十二人の判官が、笏形《しゃくがた》の杖を持って整然と着席しております。
 下段右側には動的表現界の代表者、犢《こうし》、犬、猫、鷹、甲虫《かぶとむし》、鰐、紅鶴等の神々が列座し、左側には静的表現界の代表者、月、星、山、川、木、草、石等の神々が居流れております。
 その中央に黄金の鼻輪に繋がれて引き出されたのが、今日の被告ダメス王の鼻で、その背後には同じ王の眉と眼と口と耳とが証人として出廷着座しております。
 ダメス王の鼻の前には一基の天秤がありまして、豹の頭を持ったマスピス神が鼻の罪量を計るべく跪《ひざまず》き、その直ぐうしろには記録係タータが矢立てを持って、眼を瞠《みは》り耳を澄まして突立っております。その又うしろには頭が鰐、身体《からだ》が獅子、尻は河馬という奇怪な姿の魔神ラマムが、罪の決定し次第に鼻を喰べさせてもらおうと待ち構えております。
 これ等はすべて、この空前絶後の鼻の裁判開始前の光景であります。
 やがて正面上段の白雲黒雲の帳《とばり》が開かれますと、水晶の玉座の上に朝の雲、夕の雲、五色七彩の袖《そで》眼も眩《まばゆ》く、虹霓《こうげい》の後光鮮かにホリシス神が出現しまして、赫燿たる顔色に遍《あまね》く法廷を白昼の如く照し出します。同時に正面中央の二名の判官が立ち上って、「鼻の裁判開廷の理由書」を同音に読み上げます。
「被告ダメス王の鼻は、王の顔面の静的動的両表現界の中央に位し、王の存命中傲然として何等の動的表現をなさむ。王の眼、眉、口等が無量の動的表現を以て王の知徳を国民に知らしむべく努力したるにも拘らず、国民の尊信は悉く王の鼻にのみ集中せり。その状|恰《あたか》も王のすべての表現の功を奪えるに似たり。凡《およ》そ無為徒食して他の功労を奪う者は重罪者たるべき事、神則人法共に知るところなり。依ってこの裁判を開き、ダメス王の鼻の罪の有無を諸神の批判に措《お》き、ホリシス神の御名に依って処断せむと欲するものなり」
 読み終った判官の一人は厳然としてダメス王の鼻に問いました。
「被告ダメス王の鼻よ、汝に於て弁疏《べんそ》せむと欲するところあれば速《すみやか》に述べよ」
 ダメス王の鼻は面倒臭そうに唯一言、
「弁疏無し」
 と答えました。
 
前へ 次へ
全77ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング