戦争を起こし、遂に滅亡に近い運命を招いた帝王の鼻がありました。
断頭台上に端然として告別の辞を述べ、信念と慈愛の表現を万世に残して、人々の涙を絞らせる美人の鼻がありました。
出しゃばりたい一パイの鼻の表現をふりまわして、数十万の生命を弄《もてあそ》び殺した女王の鼻がありました。
戦争の惨禍を坐視し得ぬ鼻の表現から、世界的の博愛事業を生み出して、今日まで幾千万の人々をして人類愛に感泣せしめつつある婦人がありました。
天体の推移を睨み詰めつつ、古井戸に落ちた鼻の表現がありました。
徳業にいそしんで九年面壁した鼻がありました。
寡頭政治から民衆政治へ移すべく、街頭に怒号する鼻がありました。
宗乗の誤謬を匡《ただ》すべく、火に灼《や》かれる迄も正理を標榜した鼻がありました。
形式を破って自由の天地を打開すべく熱狂した鼻がありました。
伝統の文化から個性の文化へ導くべく悶死した鼻がありました。
高い鼻を見ると、無意識にこれを礼拝しました。
大きい鼻に出合うと、無条件でその庇護を受けようとしました。
強い鼻にぶつかると、訳も無くこれに服従しました。
その代り些しでも弱い鼻は圧倒しよう、小さい鼻は併呑しよう、低い鼻は蹂躙しようと、互に押し合いへし合いました。
こうして世界の歴史は芋を洗うように転変し、その文化は雑草のように興亡しました。
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テン テレツク テレツク ツ
テン テレツク テレツク ツ
という囃子に連れて、恐ろしく高い鼻と、無暗《むやみ》に低い鼻と、全く開け放しの鼻と、三種の鼻が現われてヒョコリヒョコリと踊りまわる。
世界歴史の表面を見渡していると、どことなくこんな感じがします。
現代の人類社会の生活を見渡しても、こんな気持ちがして仕方がない時があります。
何だかタヨリナイような――可笑《おか》しいような――自烈度《じれった》いような――のんびりしたような――面白いような――馬鹿馬鹿しいような――有意義なような――無意義なような――。
世界はどこまで行っても、おかめとヒョットコと天狗の踊りに過ぎないものでしょうか。
人類の生活はどこ迄行っても、馬鹿囃子位のものなのでしょうか。
そうして人類の鼻の表現は、行き詰まったところがこの三つの鼻の表現のうちどれかになってしまうよりほかに、仕方
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