うが……」
「……馬鹿ッ……反抗するカッ……」
 と云ううちに前に居た癇癪持ちらしい警官が、来島の横ッ面《つら》を一つ、平手でピシャリとハタキ付けた。トタンに来島が猛然として飛かかろうとしたから、吾輩が逸早《いちはや》く遮《さえぎ》り止めて力一パイ睨み付けて鎮《しず》まらした。来島は柔道三段の腕前だったからね。打棄《うっちゃ》っておくと警官の一人や二人絞め倒おしかねないんだ。
 そのうちに来島は、吾輩の顔を見てヒョッコリと頭を一つ下げた。そのまま火の出るような眼付きで一同を見まわしていたが、突然にクルリと身を飜《ひるがえ》すと、入口の扉《ドア》をパタンと閉めて飛び出して行った。吾輩もそのアトから、何の意味もなしに飛出して行ったが、来島の影はどこにも見えない。船橋《ブリッジ》に上って見ると船はもう轟々と唸りながら半回転しかけていた。
 その一面に白波を噛み出した曇り空の海上の一点を凝視しているうちに吾輩は、裸体《はだか》のまんま石のように固くなってしまったよ。吾輩の足下に大波瀾を捲き起して消え失せた友吉親子と、無情《つれ》なく見棄てられた二人の芸妓《げいしゃ》の事を思うと、何ともいえない
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