悽愴たる涙が、滂沱《ぼうだ》として止《とど》まるところを知らなかったのだ。……


 ……ドウダイ……これが吾輩の首無し事件の真相だ。君等の耳には最《もう》、トックの昔に這入っている事と思っていたんだが……秘密にすべく余りに事件が大き過ぎるからね。
 ウンウンその通りその通り。朝鮮の内部で喰い止めて内地へ伝わらないように必死的の運動をしたものに相違ないね。司法官連中にも弱い尻が在るからな。旅費日当を貰って聴きに来た講演をサボって、芸者を揚げて舟遊山《ふなゆさん》をした……その酒の肴に前科者を雇って、生命《いのち》がけの不正漁業を実演させたとなったら事が穏やかでないからな。
 ナニ、吾輩に対する嫌疑かい。
 それあ無論かかったとも。……かかったにも何にも、お話にならないヒドイ嫌疑だ。人間の運命が傾き初めると意外な事ばかり続くものらしいね。
 その翌《あく》る朝の事だ。善後の処置について御相談したい事があるからというので、釜山|府尹《ふいん》官舎の応接間に呼び付けられてみると、どうだい。昨日《きのう》の事件は吾輩と、友吉おやじと、慶北丸の運転士来島とが腹を合わせた何かの威嚇手段じゃないか。
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