途から引っ切れたままブラ下がっていた。切れ落ちたボートは人間を満載したまま一度デングリ返しを打った奴が、十間ばかり離れた処に漂流していたが、その周囲には人間の手が、干大根《ほしだいこん》を並べたようにビッシリと取付いている。……にも拘わらず、その尻の切れた二本の綱には、上から上から取付いてブラ下がって来る人間が、重なり重なり繋がり合っているのだ。芸者、紳士、警官、お酌、判事、検事、等々々といった順序に重なり合った珍妙極まる人間の数珠玉《じゅずだま》なんだ。しかもその一つ一つが「助けてくれ助けてくれ」と五色《ごしき》の悲鳴をあげているのだから、平生なら抱腹絶倒の奇観なんだが、この時はドウシテ……その一人一人が絶体絶命の真剣なんだから遣り切れない。巡査の握り拳《こぶし》の上に芸者のお尻がノシかかって来る。仲居《なかい》の股倉が有志の肩に馬乗りになる。「降りちゃ不可《いか》ん降りちゃ不可ん」と下から怒鳴っているんだから堪《たま》らない。ズルリズルリと下がって来るうちに、見る見る綱が詰まって来てポチャンポチャンと海へ陥《お》ち込む。そのまま、
「……アアッ……ああッ……」
と藻掻《もが》き狂
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