「……あっ……轟先生。ちょうどいい。一所《いっしょ》に来て下さい」
と云ううちに吾輩を引っぱって、客室の横の階段から廊下伝いに混雑を避けながら、誰も居ない船首へ出た。その時に非常汽笛がパッタリと鳴り止んだので、急に淋しく、モノスゴクなったような気がしたが、そこで改めて来島の顔を見ると、眼に泪《なみだ》を一パイ溜め、青い顔をしている。友太郎の事を考えているのだろうと思ったが、しかし二人とも口には出さなかった。来島は落付いて云った。
「……轟先生……損害は軽いんです。汽笛《ふえ》なんか鳴らしたから不可《いけ》なかったんです。……傾《かし》いだ原因はまだ判然《わか》りませんが、船底の銅版《あか》と、木板《いた》の境い目二尺に五尺ばかりグザグザに遣られただけなんです。都合よく反対に傾《かし》いだお蔭で、モウ水面に出かかっているんですから、外から仕事をした方が早いと思うんです。済みませんが先生、この道具袋《フクロ》を持って飛込んでくれませんか。水夫も火夫もみんなポンプに掛り切っていて手が足りないんですから……浮袋《ブイ》を離してはいけませんよ。仕事が出来ませんから……いいですか……」
吾輩
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