ないと思ったが、しかし何しろ初めて見る仕事だからハッキリした疑いの起しようがない。これが友吉おやじ一流の遣り方かな……ぐらいに考えて一心に看守《みまも》っているだけの事であった。
一方、甲板《デッキ》の上では「シッカリ遣れエ」という酔っ払いの怒号や、ハンカチを振りながらキーキー声で声援する芸妓《げいしゃ》連中の声が入乱れて、トテモ煮えくり返るような景気だ。そのうちに慶北丸の惰力がダンダンと弛《ゆる》んで来て、小船の方が先に出かかると、友吉おやじは忰に命じて櫓を止めさせた。……と思ううちに、その舳先《へさき》に仁王立ちになった向う鉢巻の友吉おやじが、巻線香と爆弾を高々と差し上げながら、何やら饒舌《しゃべ》り初めた。
船の中が忽ちピッタリと静かになった。吾輩も、友吉おやじが吾輩の代りになって講演を初めるのかと思って、ちょっと度肝《どぎも》を抜かれたが、間もなく非常な興味をもって、皆と一緒に傾聴した。
友吉おやじの塩辛《しおから》声は、少々上ずっていたが、よく透った。ことに頭から日光を浴びたその顔色は頗《すこぶ》る平然たるもので、寧《むし》ろ勇気凜々たるものがあった。
「……皆さん……
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