事をするんですからこっちへ入らっしゃい。大切《だいじ》な御相談があるのです……どうぞ……先生……お願いですから……」
「馬鹿な事を云うな。行けんと云うたら行けん。それよりもなるべく船の近くで遣るようにしろ。器械の方はいつでも止めさせるから……」
「器械はコチラから止めさせます。どうぞ先生……」
 と云う声を聞き捨てて吾輩は又、甲板《デッキ》に引返して行ったが、この時の友太郎の異様な熱誠ぶりを、知らん顔をしてソッポを向いていた友吉|親仁《おやじ》の態度を怪しまなかったのが、吾輩|一期《いちご》の失策だった。或《あるい》はイクラかお神酒《みき》がまわっていたせいかも知れないがね。
 ところで甲板《デッキ》に引返してみると船はモウ十四海里も西へ廻っていて、絶影島は山の蔭になってしまっていた。そのうちに機械の音がピッタリと止まったから、扨《さて》はここから初めるのかな……と思って立上ると、飲んでいる連中も気が附いたと見えて、我勝ちに上甲板や下甲板の舷《ふなべり》へ雪崩《なだれ》かかって来た。
「どこだどこだ。どこに鯖がいるんだ」
 とキョロキョロする者もいれば、眼の前の山々に猥雑な名前を附けな
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