返って手を振った。
「……要りませえん。不要《ブウヨウ》不要。それよりもこっちへお出《い》でなさあアイ」
 と手招きをしている。その態度がナカナカ熱心で、親子とも両手をあげて招くのだ。
「いかんいかん。こっちはなア……お前達の仕事を見ながら、講演をしなくちゃならん」
 と怒鳴ったが、コイツがわからなかったらしい。忰の友太郎がグイグイ綱を手繰《たぐ》って船を近寄せると、推進機《スクリュウ》の飛沫《しぶき》の中から吾輩を振り仰いで怒鳴った。
「……先生……先生……講演なんかお止めなさい。おやめなさい。あんな奴等に講演したって利き目はありません。それよりも御一所《ごいっしょ》に鯖を捕って釜山へ帰りましょう。黙ってこの綱を解けば、いつ離れたかわかりませんから……」
 というその態度がヤハリ尋常じゃなかったが、しかし遺憾ながら、その時の吾輩には気付かれなかった。
「イヤ。ソンナ事は出来ん。向うに誠意がなくとも、こっちには責任があるからなア。……ところで仕事はまだ沖の方で遣るのか」
「ええもうじきです、しかし暫く器械の音を止めてからでないと鯖は浮きません。どっちみち船から見えんくらい遠くに離れて仕
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