キ》へ引っぱり上げられて先ず一杯、先ず一杯と盃責めにされる。モトヨリ内兜《うちかぶと》を見せる吾輩ではなかったので、引つぎ引つぎ傾けているうちに、忘れるともなく友吉親子の事を忘れていた。
そのうちに慶北丸はソロリソロリと沖合いに出る。美事な日本晴れの朝凪《あさな》ぎで、さしもの玄海灘が内海《うちうみ》か外海《そとうみ》かわからない。絶影島《まきのしま》を中心に左右へ引きはえる山影、岩角《がんかく》は宛然たる名画の屏風《びょうぶ》[#ルビの「びょうぶ」は底本では「じょうぶ」]だ。十月だから朝風は相当冷めたかったが、船の中はモウ十二分に酒がまわって、処々《ところどころ》乱痴気騒《らんちきさわ》ぎが初まっている。吾輩の講演なんかどこへ飛んで行ったか訳がわからない状態だ。……そのうちに吾輩はフト思い出して……一体、友吉親子はドウしているだろうと船尾へまわってみると、船の艫《とも》から出した長い綱に引かれた小舟の上に、チョコナンと向い合った親子が、揺られながらついて来る。何か二人で議論をしているようにも見えたが、吾輩が、
「オーイ。酒を遣ろうかあア……」
と怒鳴ると友吉|親仁《おやじ》が振り
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