所有者だという事をこの時がこの時まで知らなかったんだからね。
とりあえず匕首《あいくち》を咽喉《のど》元に突付けられたような気がしたのは、対州から朝鮮に亘るドン漁業の十数年来の根拠地が、吾輩の足元の釜山|絶影島《まきのしま》だという事実だった。
「……それが虚構《うそ》だと云わっしゃるなら、この窓の処へ来て見さっせえ。あの向うに見える絶影島のズット右手に立派な西洋館が建っておりましょう。あの御屋敷は、先生の御親友で釜山一番の乾物問屋の親方さんのお屋敷と思いますが、あの西洋館の地下室に詰まっている乾物の中味をお調べになった事がありますかね」
と来たもんだ。
燈台|下《もと》暗しにも何にも、吾輩はその親友と前の晩に千芳閣で痛飲したばかりのところだったから、言句《ことば》も出ずに赤面させられてしまった。
「……お気に障《さわ》ったら御免なさいですが、林友吉は決してお座なりは申しまっせん。日本内地から爆薬《ハッパ》を、一番安く踏み倒おして買うのが、あのお屋敷なんです。アラカタ一本七十五銭平均ぐらいにしか当りますまい。お顔と財産が利いている上に現金払いですから、安全な事はこの上なしですがね
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