れたものじゃない。……むろん吾輩の方から低頭平身して仲間に入れてもらったが、その席上で友吉おやじは吾輩の前に両手を突いて涙を流した。
「……もうもうドン商売は思い切りました。これを御縁に貴方の乾児《こぶん》にして、小使でも何でもいい一生を飼殺しにして下さい。忰を一人前の人間に仕立てて下さい。給金なんぞは思いも寄らぬ。生命《いのち》でも何でも差出します」
 という誠意満面の頼みだ。
 吾輩が、そこで大呑込みに呑込んだのは云うまでもない。
 そこで今まで使っていた鮮人に暇を出して、鬚だらけの友吉おやじを追い使う事になったが、そのうちに機会を見て、吾輩の胸中を打明けてみると、友吉おやじ驚くかと思いの外《ほか》平気の平左でアザ笑ったものだ。
「……へへへ……そのお話なら私がスパイになるまでも御座いません。とりあえず私が存じておりますだけ饒舌《しゃべ》ってみましょう。それで足りなければ探っても見ましょうが……」
 と云うのでベラベラ遣り出したのを聞いている中《うち》に吾輩ふるえ上ってしまったよ。この貧乏な瘠せおやじが、天下無双の爆薬密売買とドン漁業通の上に、所謂、千里眼、順風耳《じゅんぷうじ》の
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