輩もヤット安心して、組合の仕事に没頭しているうちに、忘れるともなく忘れていると、二三週間経つうちに、それまでチョイチョイ吾輩の処へ飲みに来ていた老|医師《ドクトル》がパッタリと来なくなった。……ハテ。可笑《おか》しい……もしや患者の容態が変ったのじゃないか知らん。それとも呑兵衛先生御自身が、中気《ちゅうき》にでもかかったのじゃないか知らん……考えているうちに、急に心配になって来たから、チットばかりの金《かね》を懐中《ふところ》に入れて、医院《せんせい》の門口《かどぐち》から覗き込んでみると、開いた口が三十分ばかり塞がらなかった。
鬚《ひげ》だらけの脱獄囚みたいな友吉おやじと、鶴髪童顔、長髯の神仙じみた老ドクトルが、グラグラ煮立《にえた》った味噌汁と虎鰒《とらふぐ》の鉢を真中に、片肌脱ぎか何かの差向いで、熱燗《あつかん》のコップを交換しているじゃないか。おまけに酌をしている忰の友太郎を捕まえて、
「……野郎。この事を轟の親方に告口《つげぐち》しやがったらタラバ蟹《がに》の中へタタキ込むぞ」
と怒鳴っているのには腰を抜かしたよ。医者が医者なら病人も病人だ。世の中にはドンナ豪傑がいるか知
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