利増進に資すると同時に北は露領沿海州から、西は大連《たいれん》沖、支那海まで進出して宜しいという鼻息を、総督から内々《ないない》で吹き込まれた……というと実に素晴らしい、堂々たる事業に相違ない。吾輩の生命《いのち》の棄て処が出来たというので、躍り上って喜んだものだが、サテ実際に仕事を初めてみると、何より先に驚ろかされたのは組合費が集まらない事だった。
 アタジケナイ話だが、一年の一戸当りがタッタ二十銭とはいうものの、税金と違って罰則が無い。おまけに遣りっ放しの海上生活者が相手なんだから徴収困難は最初《てん》から覚悟していたが、半分以下に見て七千円の予算が、その又半分も覚束《おぼつか》ない。吾輩の本俸手当を全部タタキ込んでも建物の家賃と、タッタ一人の事務員の月給と、小使の給料に足りないのだから屁古垂《へこた》れたよ……実際……。
 ところが一方に吾輩が総督府を飛出して、水産組合を作ったという評判は、忽《たちま》ちの中に全鮮へ伝わったらしいんだね。到る処から「おやじおやじ」の引張り凧《だこ》だ。……行ってみると漁場《りょうば》の争奪、漁師の喧嘩、発動機船|底曳《そこひき》網の横暴取締り、魚
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