てしまった。一介の漁師としては正に位、人臣を極めるところまで舞い上って来た訳だが、サテ、そうなってみるとドウモ調子が面白くない。朝鮮|緘《おど》しの金モール燦然《さんぜん》たる飴売《あめう》り服や、四角八面のフロックコートを一着に及んで、左様《さよう》然らばの勲何等|風《かぜ》を吹かせるのが、どう考えても吾輩の性に合わなかったんだね。正直正銘のところ山内閣下から轟……轟といって可愛がらるよりも、五十万の荒くれ漁夫《りょうし》どもから「おやじおやじ」と呼び付けられる方が、ドレ位嬉しいかわからない。この心境は知る人ぞ知るだ。トウトウ思い切ってこうした心事を、山内さんの前で露骨に白状したら、山内さんあのビリケン頭に汗を掻いて大笑《おおわらい》したよ。……あんなに笑ったのを見た事が無いと、同席の藁塚《わらづか》産業課長が云っておったがね。
 その結果、現官のままの吾輩を中心にして東洋水産組合というものが認可されて本拠を釜山《ふざん》の魚市場に近い岩角《がんかく》の上に置いた。費用は五十万の漁民《りょうみん》から一戸当り毎年二十銭ずつ、各道の官庁から切ってもらって、半官半民的に漁民の指導保護、福
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