ア。その手が例の「朝鮮モンロー主義」だというのか。ハッハッ。「朝鮮モンロー主義」はよかったね。……フーン……朝鮮の奴等はそんなに威張るのかなあ。燈台|下《もと》暗しで知らなかった。……フーン……内地の官庁から朝鮮に這入って来たものは、いつもこの式で、書類でも人間でもピンピン撥ね付ける。事務上の連絡が全く取れないが、総督府が独立した官制になっているのだからドウにも手のつけようがない……ヘエー……そうかなあ。……吾輩なんかは絶対にソンナ方針じゃなかったよ。内地から来たものは特に優遇する方針だったから、チットモ気が付かなかったがね……だから首になったんだ……成る程。そうかも知れん。ハッハッハッ……。
 それあ君等としちゃ癪《しゃく》に触《さわ》ったろう。特に司法関係の仕事は内鮮《ないせん》に跨《またが》った問題が多いんだからね。一々その手で撥ねられちゃあ遣り切れないだろうよ。成る程。……債券や紙幣の偽造が、朝鮮に逃げ込むと捕まらなくなるのはそのためだ。遺恨骨髄に徹している……成る程。それあそうだろう。
 そこでこっちもグ――ッと来たから、
「内地に於ける銃砲火薬類取締上、調査の必要あり。至急回答ありたし」
 と当てズッポーで威《おど》かしてやったら、今度は方向を違えた釜山警察署から報告が来た。……ハハア……総督府の奴、物騒と見て取って責任を回避しおったな。卑怯な奴だ。……その報告書がコレか……成る程。総督府宛の内容のものを、そのままコッピーにして送って来た訳だな。ウンウン。朱線を引いた処が要点か。
「……如何なる方面より風聞せられしものなるや判明せざれど、右類似の事件は当署管内に於て確かに発生せし事|有之《これあり》……」
 ……いかにも、コイツは多少名文らしいね。チョイト絡んで来たところが気に入ったよ。
「去る大正八年十月十四日、午後一時頃、釜山公会堂に於て、轟総督府技師の「爆弾漁業」に関する講演中、同技師が見本として提出したる二個の漁業用爆弾が過って炸裂し、傍聴者たりし判検事、署長等(氏名を略す)七名の死者を出したる事件あり。(芸妓《げいしゃ》二名の死傷は訛伝《かでん》也)……」
 プッ……馬鹿な。朝鮮官吏の低能と来たら底が知れない。コンナ事でお茶が濁せたらお慰みだ。警察の発表なら誰でも信用すると思っているんだから恐ろしい。そこで……と……。
「……右は前記轟技師の不注意より起りしものなりしと同時に、当局の威信に関する事故なりしを以て、秘密裡に善後の処置を為《な》し、轟技師の休職を以て万事の落着を見たり。……右御回答申上候」
 アッハッハッハッハッ。イヤ巧《たく》んだり拵《こし》らえたり。インチキ、ペテン、ヨタも亦《また》、甚しい。朝鮮官吏の腐敗堕落が、ここまで甚しかろうとは……ナニ。そんな事情もアラカタ察していた。なるほど……総督府が、釜山署と慣れ合いで事実を隠蔽すると同時に、責任を回避しているものと睨《にら》んだ……従ってこの事件は、総督府にもコタエル程度の重大事件だったに相違ない……その通りその通り。命中率、正《まさ》に百二十パアセントだよ。朝鮮モンロー主義をギューといわせる事この一挙に在りか。ハハハハ。愉快愉快。そう来なくちゃ面白くない。
 そこで直ぐに君の部下を釜山に密行さした。ウムウム。その部下が釜山に着くと、何よりも先に松島遊廓に上って散財した。ハハハハ。ナカナカ洒落《しゃれ》とるじゃないか……成る程。それからその翌《あく》る日、帰りしなに、コッソリ公会堂に立寄って、内部の様子を一眼見ると、その朝の連絡船で東京に引返して、釜山署の報告はインチキに相違なしという復命をした……ヘエッ……こいつは驚いた。どうしてわかったんだ。タッタそれだけの仕事で……。
 ハハア。その男の調査によると松島|見番《けんばん》で二人の芸妓《げいしゃ》が変死したのは事実だった……正にその通りだ。それを警察が強制して失綜届を出させている。葬式も法事も許さない。芸妓屋《おきや》と親元は泣きの涙で怨んでいるが、泣く児《こ》と地頭《じとう》に勝たれない。ソレッキリの千秋楽になっている……ソイツも正にその通りだ。……のみならず問題の公会堂を覗いてみると建った時のまんま修理した形跡が無い。十人近くの人間が爆死する位なら建物の損害が出ない筈はなかろう……というのか。
 ……ウム。エライッ……。
 豪《えら》いもんだなあ。そんなにも頭が違うものかなあ内地の役人は……そこで検事総長と打合わせた結果、極《ごく》秘密裡に君が遣って来て、直接、吾輩の口から真相を聴く段取りになった……ウムッ。有難いっ。痛快だっ。イヤ多謝《コウマブソ》……多謝《コウマブソ》……とりあえず一杯|献《い》こう。
 君の着眼は正に金的《きんてき》だったよ。
 朝鮮モンロー主義……売国巨頭株の
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