、各道の司法当局に檄《げき》を飛ばした。続いて東京の各省の諒解の下に、北九州、山陰、山陽の各県水産試験場、南鮮の各重要諸港で、十二|節《ノット》以上の発動機船を準備してもらった奴に、武装警官を乗組ませて、ドン船と見たら容赦なく銃口を向けさせる。これは対州の警察が嘗めさせられた苦い経験から割出した最後手段だ。一方にその頃まだ鎮海《ちんかい》湾に居た水雷艇隊を動かしてもらって、南鮮沿海を櫛の歯で梳《す》くように一掃してもらう事になった。……というのは吾輩が、司令官の武重《たけしげ》中将を膝詰談判で動かした結果だったがね。
とにかくコンナ調子で、爆弾漁業を本気で掃蕩し始めたのはこの時が最初だったものだから、その騒動といったらなかったよ。南鮮沿海に煮えくり返るような評判だった。
ところがここに、お恥かしい事には、吾輩、元来、漁師向きに生れ附いただけあって、頭が単純に出来ているんだね。そんな風に吾輩の弁力のあらん限りを動員して、爆弾漁業と青眼に切り結んだところは立派だったが、その当の相手の爆弾漁業者《ドン》の背景に、どんな大きな力が隠れているか……彼等が何故に砲兵工廠の「花スタンプ」附きの爆薬《ハッパ》を使っているか……なぞいう事を、その頃まで夢にも念頭に置いていなかったんだから何にもならない……。要するに単純な、無鉄砲な漁師どものアバズレ仕事とばかり思い込んでいたものだから、一気に片付けるつもりで追いまわしてみると、どうしてどうして。水雷艇や巡邏船が百艘や二百艘かかったってビクともしない相手である事が、一二年経つうちに、だんだんと判明《わか》って来たもんだ。
第一に驚かされたのは彼奴《きゃつ》等の船の数だった。石川や浜の真砂《まさご》どころではない。慶南、慶北沿海の警察の留置場が、満員するほど引っ捕えても、どこをドウしたかわからないくらい夥しい船が、抜けつ潜りつ荒しまわる。朝鮮名物の蠅と同様、南鮮沿海に鉄条網でも張り廻わさなければ防ぎ切れそうに見えないのだ。
それから第二に手を焼いたのは、その密漁手段の巧妙なことだ。「ドーン」という音を聞き付けた見張りの水雷艇が、テッキリあの舟だというので乗付けて見ると、果せるかなビチビチした鯖を満載している。そこで「この鯖をドウして獲《と》ったか」と詰問すると澄ましたものだ。古ぼけた一本釣の道具を出して「ちょうど大群《むれ》に行き当りましたので……」という。「しかしタッタ今聞えたのは確かに爆薬《ダイナマイト》の音だ。ほかに船が居ないから貴様達に違いあるまい」と睨み付けると頭を掻《かい》てセセラ笑いながら「そんなら舟を陸に着けますから一つ調べておくんなさい」と来る。そこで云う通りにしてみると成る程、巻線香のカケラも見当らないから……ナアーンダイ……というので釈放する。
実に張合いのない話だが、しかし考えてみると無理もないだろう。水兵や警官は漁師じゃないんだからね。爆弾船《ドンぶね》の連中が持っている一本釣の道具が、本物かそれとも胡麻化《ごまか》し用の役に立たないものかといったような鑑別が一眼で出来よう筈がない。とりあえず糸《テグス》を引切《ひっき》ってみればタッタ今まで使ったものかどうかは吾々の眼に一目瞭然なんだが……爆弾船《ドンぶね》に無くてはならぬ巻線香だって、イザという時に海に投げ込めばアトカタもない。もっとも生命《いのち》から二番目のダイナマイトはなかなか手離さないが、その隠匿《かく》しどころが亦、実に、驚ろくべく巧妙なものなんだ。帆柱を立てる腕木を刳《く》り抜いたり、船の底から丈夫な糸で吊したり、沢庵漬《たくあんづけ》の肉を抉《えぐ》って詰め込んだり、飯櫃《めしびつ》の底を二重にしていたりする。そのほか、狭い舟の中でアラユル巧妙な細工をしている上に、万一あぶないとなれば鼻の先で手を洗う振りをしながらソッと水の中に落し込む。その大胆巧妙さといったら実に舌を捲くばかりで、天勝《てんかつ》の手品以上の手練を持っているんだからトテモ生《なま》やさしい事で捕まるものでない。何しろ彼奴《きゃつ》等は対州鰤《たいしゅうぶり》時代に手厳しい体験を潜って来ているのだからね。……そこで吾輩はモウ一度、引返して、各道の判検事や警察官に、爆弾船《ドンぶね》の検挙、裁判方法を講演してまわるという狼狽のし方だ。泥棒を見て縄を綯《な》うのじゃない。追っかけながら藁《わら》を打つんだから、およそ醜態といってもコレ位の醜態はなかったね。
ところがここで又一つ……一番最後に驚ろかされたのは、吾輩のそうした講演を聞きに来ている警察官や、判検事連中の態度だ。先生方がお役目半分に、渋々《しぶしぶ》聞きに来ている態度はまあいいとして、その大部分が本当に気乗りがしていないばかりじゃない。何となく吾輩の演説を冷笑的な気分で聞
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