《いわゆる》、資本家連中が棄てておかない。今でも××の海岸にズラリと軒を並べている※[#「┐」を全角大とした、屋号を示す記号、240−14]友《かねとも》とか|○金《まるきん》とかいう網元へ船を漕ぎ付けた漁師が、仕事をさしてくれと頼むかね……そうすると店の番頭か手代みたような奴が、物蔭へ引っぱり込んで、片手で投げるような真似をしながら「遣るか」と訊く。そこで手を振って「飛んでもない……そんな事は……」とか何とか云おうものなら、文句なしに追払いだ。誰一人雇い手が無いというのだから凄いだろう。
そればかりじゃない。そうした各地の網元の背景には皆それぞれの金権、政権が動いているのだ。その頭株が最初に云ったような連中だが、その配下に到っては数限りもない。みんなこの爆薬の密売買だの爆弾漁業だので産を成した輩《てあい》ばかりだ。しかも彼等が爆弾漁業者……略して「ドン」と云うが、そのドン連中に渡すダイナマイトというのが、一本残らず小石川の砲兵工廠から出たものだ。梅や、桜や、松、鶴、亀の刻印を打ったパリパリなんだから舌を捲くだろう。
どこから手に入れるかって君、聞くだけ野暮《やぼ》だよ。強《あなが》ちに北九州ばかりとは云わない。全国各地の炭山、金山、鉱山の中に、本気で試掘を出願しているのがドレ位あると思う。些《すくな》くとも半分以上はこの「ドン」欲しさの試掘願いだと云っても過言じゃない。しかもその願書の裏を手繰《たぐ》って行くと又一つ残らず、最初に云った巨頭連中の中の、どれかに引っかかって行く事は、吾輩が首を賭けて保証していいのだ。……同時に彼等巨頭連が、こうした非合法手段で巨万の富を作りつつ、一方に極力、不正漁業を奨励して天与の産業を破壊している事その事が、如何に赤い主義者や、不逞鮮人の兇悪運動を庇護、助長しているか。日本民族の将来の発展に対して、如何に甚しい障害を与えているか……という事実は、吾輩が改めて説明する迄もないだろう。
ところが今云った巨頭連中は、そんな事なんかテンデ問題にしていないのだ。……勅令……内務省令、糞《くそ》を啖《く》らえだ。いよいよ団結を固くして、益々大資本を集中しつつ、全国的に鋭敏な爆薬取引網を作って行く。それが現在、ドレ位の大きさと深さを持っているかはあの報告書を引っぱり出す迄もない。吾輩の話だけでもアラカタ見当が付くだろう。
そこで、こんな風に爆弾漁業が大仕掛になって横行し始めると、何よりも先にタマラないのは、云う迄もなく南鮮沿海五十万の普通漁民だ。
しかも絶滅して行くのは鯖ばかりじゃない。全然爆薬の音を聞かされた事のない、ほかの魚群までもが、テンキリ一匹も岸に寄付かなくなるんだから事、重大だろう。
……ウン……それあ実際、不思議な現象なんだ。専門の漁師に聞いたって、この重大現象の理由はわからない。魚同志が沖で知らせ合うんだろう……ぐらいの説明で片附けている……いわば海洋の神秘作用と云ってもいい怪現象なんだが、コイツを科学的に研究してみると何でもない。頗《すこぶ》る簡単な理由なんだ。
そもそも鯖とか、鰯《いわし》とかいう廻游魚類が、沿岸に寄って来る理由はタッタ一つ……その沿岸の水中一面に発生するプランクトンといって、寒冷紗《かんれいしゃ》の目にヤット引っかかる程度の原生虫、幼虫、緑草、珪草、虫藻《むしも》なぞいう微生物を喰いに来るのが目的なんだ。
だからその寄って来る魚群を温柔《おとな》しく網で引いて取ればプランクトンはいつまでもいつまでも居残ってあとからあとから魚群を迎える事になる。発動機船の底曳網でも、かなり徹底的に、沿海の魚獲を引泄《ひきさら》って行くには行くが、それでもプランクトンだけは確実に残して行くのだ。
ところが爆漁《ドン》と来ると正反対だ。あっちでもズドン、こっちでもビシンと爆発して、生き残った魚群の神経に猛烈な印象をタタキ込むばかりでない。そこいらの水とおんなじ位に微弱なプランクトンの一粒一粒を、そのショックの伝わる限りステキに遠い処までも一ペンに死滅させて行くんだからタマラない。……対州が何よりのお手本だ。……餌の無い海に用はないというので、魚群は年々、陸地から遠ざかって行くばかり……朝鮮海峡をサッサと素通りするようになる。年額七百万円の鯖が五百万、二百万と見る見るうちにタタキ下げられて行く。税金が納められないどころの騒ぎじゃない。小網元の倒産が踵《くびす》を接して陸続《りくぞく》する。吾輩が植え付けた五十万の漁民が、眼の前でバタバタと飢死して行くのだ。
ここに於て吾輩は猛然として立上った。実際、臓腑《はらわた》のドン底から慄《ふる》え上ってしまったのだ。……爆弾漁業、殲滅《せんめつ》すべし。鮮海五十万の漁民を救わざるべからず……というので、第一着に総督府の諒解を得て
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