遥かにめぐる赤間関」と来る。そこで眼ざす鯖の群れが青海原に見えて来ると、一人は艫《とも》にまわって潮銹《しおさび》の付いた一挺櫓を押す。一人は手製の爆弾と巻線香を持って舳先《へさき》に立ち上るのだ。このバッテリーの呼吸がうまく合わないと、生命《いのち》がけのファインプレイが出来ないのだ。
手製の爆弾というのは何でもない。炭坑夫が使うダイナマイト……俗にハッパという奴だ。ビンツケみたいにネバネバした奴を二三本握り固めて、麻糸でギリギリギリと巻き立てて手鞠《てまり》ぐらいの大きさになったら、それで出来上りだ。ここまでは誰でも出来るが、そいつを左手に持ちながら立ち上って、波の下に渦巻く魚群を見い見い導火線《くちび》を切る。この導火線《くちび》の寸法なるものが又、彼奴《きゃつ》等の永年の熟練から来ているので、所謂、教化別伝の秘術という奴だろう。魚群の巨大《おおき》さや深さによって咄嗟《とっさ》の間に見計《みはか》らいを付けるのだからナカナカ難かしい。……その導火線《くちび》を差込んだ爆薬を右手に持ち換えて……左利きの奴も時々居るそうだが……片手に火を付けた巻線香を持ちながら、両方の切り口を唇に近付ける。背後《うしろ》を振り返って、
「ソロソロ漕げ……ソロソロ……ソロソロ……」
と呼吸を計《はか》っているうちに、鯖の群れ工合を見て導火線《くちび》の切口と、線香の火をクッ付けて……フッ……と吹く。……シュッシュッと……来た奴をモウ一度、見計らって一気に投げる。はるかの水面に落ちて泡を引きながらグングン沈む。水面下に大渦を巻いている鯖の大群の中心に来たと思う頃、ビシイインという震動が船に来て、波の間から電光形の潮飛沫《しおしぶき》が迸《ほとばし》る。……ソレッ……というので漕ぎ付けるとサア浮くわ浮くわ。何しろ何十万ともわからない魚群の中心で破裂するんだからタマラない。五六間四方ぐらいは背骨が切れる。臓腑が吹き出す。十四五間四方ぐらいは急激|脳震盪《のうしんとう》を起して引っくり返る。その外側の二十間四方ぐらいの奴は眼をまわして、あとからあとから海面が真白になる程浮き上る。その中を漕ぎまわる。掬《すく》う。漕ぐ。掬う。瞬くうちに船一パイになったら、残余《あと》はソレキリ打っちゃらかしだ。勿体《もったい》ないが惜しい事はない。タカダカ三円か五円ソコラの一発だからね。マゴマゴして巡邏船《じゅんらせん》にでも見付かったら面倒だ。
それあ危険な事といったら日本一だろう。その導火線を切り損ねて、手足や頭を飛ばした奴が又、何百何千居るか知れないんだが、そんなのは公々然と治療も出来なければ葬式も出せない。十中八九は水葬礼だが、これとても惜しい生命《いのち》じゃないらしい。
論より証拠……春鯖から秋鯖の時季にかけて、南朝鮮の津々浦々をまわって見たまえ。到る処に白首《しらくび》の店が、押すな押すなで軒を並べて、弦歌《げんか》の声、湧くが如しだ。男も女も、老爺《じじい》も若造《わかぞう》も、手拍子を揃えて歌っているんだ。
「百円|紙幣《さつ》がア 浮いて来たア
百円|紙幣《さつ》がア 浮いて来たア
ドオンと一発 掴み取りイ
浮いたア浮いたア エッサッサア
浮いたア浮いたア エッサッサア
お前が抱かれて くれるならア
片手や片足 何のそのオー
首でも胴でも スットコトン
明日《あす》の生命《いのち》が スットコトン
スットコスットコスットコトン
浮いたア浮いたア エッサッサア
百円|紙幣《さつ》がア 浮いて来たア……」
と来るんだ。どうだい……コイツが止《や》められるかどうか考えてみたまえ。
こうして財布の底までハタイてしまうと、明日《あす》は又「一葉の扁舟《へんしゅう》、万里の風」だ。「海上の明月、潮《うしお》と共に生ず」だ。彼等の鴨緑江節《おうりょっこうぶし》を聞き給え……。
「朝鮮とオ――
内地ざかいのアノ日本海イ――
揚げたア――片帆がア――アノよけれエ――ど――もオ――。ヨイショ……
月は涯《は》てし――も――ヨッコラ波枕ヨオ――いつか又ア――女郎衆のオ――膝枕ア――」
と来るんだから遣り切れないだろう。海国男児の真骨頂だね。
そのうちに又、ドオンと来る。五千、一万の鯖が船一パイに盛り上る。コイツを発動機船の沖買いが一|尾《ぴき》二三銭か四五銭ぐらいの現金《ナマ》で引取って、持って来る処が下関の彦島《ひこしま》か六連島《むつれ》あたりだ。そこで一|尾《ぴき》七八銭当りで上陸して、汽車に乗って大阪へ着くとドンナに安くても十四五銭以下では泳がない。君等は二十銭以下の大鯖を喰った事があるかい。無いだろう。どの位儲かるかは、この一事を以て推して知るべしだよ。
ところでサア……こうなると所謂
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