いている事が、最初から吾輩の頭にピインと来たもんだ。これは演壇に慣れた人間に特有の直感だがね……のみならず中には反抗的な態度や、嘲笑的な語気でもって質問を浴びせて来る奴が居る。しかもその質問というのが十人が十人|紋切型《もんきりがた》だ。
「一体、爆弾漁業というものは違法なものでしょうか。……巾着網《きんちゃくあみ》よりも底曳《そこひき》網の方が有利だ……底曳網よりも爆弾漁業の方が多量の収穫を挙げる……というだけの話で、要するに比較的収益が多いというだけのものじゃないですか。……だからこれを犯罪とせずに正当の漁業として認可したら却《かえ》って国益になりはしまいか。これを禁止するのは炭坑夫にダイナマイトを使うな……というのと、おなじ意味になるのじゃないですか」
と云うのだ。……どうも法律屋の議論というものは吾輩に苦手なんでね。吾々みたいな粗笨《あら》っぽい頭では、どこに虚構《おち》が在るか見当が附かないんだ。そこで止むを得ず受太刀《うけだち》にまわって、南鮮沿海の漁民五十万の死活に関する所以《ゆえん》を懇々と説明すると、
「それならばその普通漁民も、ほかの方法で鯖を獲《と》る方針にしたらいいでしょう。朝鮮沿海に魚が居なくなったら、露領へでも南洋にでも進出したらいいじゃないですか」
と漁業通を通り越したような無茶を云い出す。ドウセ無責任と無智をサラケ出した逃げ口上だがね。そこで吾輩が躍起《やっき》となって、
「それでも銃砲火薬類の取締上、由々《ゆゆ》しき問題ではないか」
と逆襲すると、
「それは内地の司法当局の仕事で吾々に責任はありません」
と逃げる。実に腸《はらわた》が煮えくり返るようだが、何を云うにもソウいう相手にお願いしなければ取締りが出来ないのだから止むを得ない。情なく情なく頭を下げて、
「とにかくソンナ事情《わけ》ですから、折角定着しかけた五十万の南鮮漁民を助けると思って、何分の御声援を……」
と頼み入ると、彼等は冷然たるもので、
「それはまあ、総督府の命令なら遣って見ましょうが、何しろ吾々は陸上の仕事だけでも手が足りないのですからね」
といったような棄科白《すてぜりふ》でサッサと引上げてしまう。怪しからんといったってコレ位、怪しからん話はない。無念……残念……と思いながら彼奴《きゃつ》等の退場する背後《うしろ》姿を、壇上から睨み付けた事が何度あったかわからないが、思えばこの時の吾輩こそ、大馬鹿の大馬鹿の三太郎だったのだね。
こんな事実が度重《たびかさ》なるうちに……吾輩ヤット気が付いたもんだ。君だってここまで聞いて来れば大抵、感付いているだろう。……ウンウン。その通りなんだ。明言したって構わない。爆弾密売買の元締連中の手が朝鮮の司法関係にまで行きまわっているんだ。何しろその当時の朝鮮の官吏と来たら、総督府の官制が発布されたばかりの殖民地気分のホヤホヤ時代だからね。月給の高価《たか》いのを目標に集まって来たような連中ばかりだから、内地の官吏よりもズット素質が落ちていたのは止むを得ないだろう。……それと気が付いた吾輩は、それこそ地団太《じだんだ》を踏んで口惜しがったものだ。地団太の踏み方がチットばかり遅かったが仕方がない。
そこでボンヤリながらもそうと気が付くと同時に吾輩は、ピッタリと講演を止めてしまって、爆弾漁業の本拠|探《さぐ》りに没頭したもんだ。先《ま》ず手頃の人間で吾輩のスパイになってくれる者は居ないか……と頻《しき》りに近まわりの人間を物色してみたが、それにしてもウッカリした奴にこの大事は明かせない。何しろ五十万人の死活問題を背負って立つだけの器量と、覚悟を持った奴でなければならない上に、ドンの背景となっている連中が又、ドレ位の大物なのか見当が付かないのだから、とりあえず佐倉宗五郎以上の鉄石心《てっせきしん》が必要だ。もちろん組合の費用は全部、費消《つか》っても構わない覚悟はきめていた訳だがそれでも多寡《たか》は知れている。それを承知で活躍する人間といったら、当然、吾輩以上の道楽|気《け》が無くちゃならんだろう……ハテ……そんな素晴らしい変り者が、この世界に居るか知らんと、眼を皿のようにして見廻わしているところへ、天なる哉《かな》、命なる哉。思いもかけない風来坊が吾輩の懐中《ふところ》へ転がり込んで来る段取りになった。
……ところでドウダイもう一パイ……相手をしてくれんと吾輩が飲めん。飲まんと舌が縺《もつ》れるというアル中患者だから止むを得んだろう……取調べの一手《ひとて》にソンナのが在りやせんか……アッハッハッ……。
ナニ。この三杯酢かい。こいつは大丈夫だよ。林《りん》青年の手料理だが、新鮮無類の「北枕」……一名ナメラという一番スゴイ鰒《ふぐ》の赤肝《あかぎも》だ。御覧の通り雁皮《がんぴ》み
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