聞いておくんなさい。私はこの爆弾《ハッパ》を投げて、生命《いのち》がけの芸当をやっつける前に、ちょっと演説の真似方を遣らしてもらいます。白状しますが私は今から十四年ほど前に、柳河で嬶《かかあ》と、嬶の間男《まおとこ》をブチ斬ってズラカッタ林友吉というお尋ね者です。……それから後《のち》五年ばかりというものこのドン商売に紛れ込みまして、海の上を逃げまわっておりましたが、その間に警察署とか裁判所とか、津々浦々の有志とか、お金持ちとかいう人達が、吾々に生命《いのち》がけの仕事をさせながら、どんなに美味《うま》い汁を吸うて御座るかという証拠をピンからキリまで見てまわりました。爆弾《ハッパ》の隠匿《かく》し処《どこ》などもアラカタ残らず、探り出してしまったものです。
……それが恐ろしかったので御座んしょう。警察と裁判所と、有志の人達が棒組んで、この私を袋ダタキにして絶影島の裏海岸に捨てて下さった御恩バッカリは今でも忘れておりません。そう云うたら思い当んなさる人が皆さんの中にも一人や二人は御座る筈ですが。へへへへへへへへへへ……」
この笑い声を聞くと同時に、船の中で「キャ――ッ」という弱々しい叫びが起って、一人の仲居《なかい》が引っくり返った。その拍子に近まわりの者が、ちょっとザワ付いたように見えたが、又もピッタリと静かになった。……友吉の気魄に呑まれた……とでも形容しようか……。相手が恐ろしい爆弾を持っているので、蛇に魅入《みい》られた蛙《かえる》みたような心理状態に陥っていたものかも知れない。
友吉おやじの顔色は、その悲鳴と一所に、益々冷然と冴え返って来た。
「……アンタ方は、ええ気色な人達だ。罪人を捕まえて生命《いのち》がけの仕事をさせながら、芸者を揚げて酒を飲んで、高見《たかみ》の見物をしているなんて……お役人が聞いて呆れる。私は轟先生の御命令じゃから不承不承にここまで来るには来てみたが、モウモウ堪忍袋の緒が切れた。持って生れたカンシャク玉が承知せん。
……アンタ方は日本の役人の面《つら》よごしだ。……ええかね。……これはアンタ方に絞られたドン仲間の恩返しだよ。コイツを喰らってクタバッてしまえ……」
と云ううちに爆弾の導火線を悠々と巻線香にクッ付けて、タッタ一吹きフッと吹くとシューシューいう奴を片手に、
「へへへへ……」
と笑いながら船首の吃水線《きっすいせ
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