ん》下に投げ付けた。……トタンに轟然たる振動と、芸者連中の悲鳴が耳も潰れるほど空気を劈《つんざ》いた。それを見上げた友吉おやじは又も、
「へへへへへへへ……」
 と笑いながら、今一つの爆弾を揚板《あげいた》の下から取出して導火線に火を点《つ》けた。それを頭の上に差し上げて、
「……コレ外道サレッ……」
 と大喝しながら投げ出したと思ったが、その時遅く彼《か》の時早く、シューシューと火を噴《ふ》く黒い爆弾《たま》がおやじの手から三尺ばかりも離れたと見るうちに、眼も眩《くら》むような黄色い閃光がサッと流れた。同時に灰色の煙がムックリと小舟の全体を引っ包んだ中から、友吉おやじの手か、足か、顔か、それとも舷《ふなべり》か、板子か、何だかわからない黒いものが八方に飛び散ってポチャンポチャンと海へ落ちた。そうしてその煙が消え失せた時には、半分|水船《みずぶね》になった血まみれの小舟が、肉片のヘバリ付いた艫櫓《ともろ》を引きずったまま、のた打ちまわる波紋の中に漂っていた。

 不思議な事に吾輩は、その間じゅう何をしていたか全く記憶していない。危険《あぶな》いとも、恐ろしいとも何とも感じないまま船橋《ブリッジ》の上から見下ろしていたものだ。恐らく側に立っていた船長も同様であったろうと思う。……友吉おやじの演説をハッキリと聞いて、二つの爆弾が炸裂するのを眼の前に見ていながら、一種の催眠術にかかったような気持ちで、両手をポケットに突込んだなりに、棒のように硬直していたように思う。ただ、その石のように握り締めた両手の拳《こぶし》の間から、生温《なまぬ》るい汗がタラタラと迸《ほとば》しり流れるのをハッキリと意識していたものだが、「手に汗を握る」という形容はアンナ状態を指したものかも知れん。
 船の甲板《デッキ》は、むろん一瞬間に修羅場《しゅらじょう》と化していた。今の今まで、抱き合ったり、吸付き合ったりしていた男や女が、先を争って舷側に馳け付けた。そこへ誰だかわからないが非常汽笛を鳴らした者がいたので一層騒ぎが深刻化してしまった。
 船体はいつの間にか十度ばかり左舷に傾いて、まだまだ傾きそうな動揺を見せていたが、そのために酔った連中の足元がイヨイヨ定まらなくなったらしい。折重なって辷《すべ》り倒れる。その上から狼藉《ろうぜき》していた杯盤がガラガラガラと雪崩《なだれ》かかる。その中を押し合
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