がら活弁マガイの潰れ声で説明するヒョーキン者もいる。中には芸者を舷《ふなばた》へ押し付けてキャアキャア云わしている者もいた。
 その鼻の先の海面へ、友吉おやじの禿頭《はげあたま》が、忰に艫櫓《ともろ》を押させながら、悠々と廻わって来た。見ると赤ん坊の頭ぐらいの爆弾と、火を点《つ》けた巻線香を両手に持って、船橋に立っている吾輩の顔を見い見い、何かしら意味ありげにニヤニヤ笑っている。忰の方は向うむきになっていたので良くわからなかったが、吾輩が見下しているうちに二度ばかり袖口で顔を拭いた。泣いているようにも見えたが、多分、潮飛沫《しおしぶき》でもかかったんだろうと思って、気にも止めずにいたもんだ。
 ……しかし……そのせいでもあるまいが、吾輩はこの時にヤット友吉おやじの態度を、おかしいと思い初めたものだ。
 第一……前にも云った通り吾輩はドンの実地作業を生れて初めて見るのだから、詳しい手順はわからなかったが、それでも友吉おやじの持っている爆弾が、嘗《かつ》て実見した押収品のドンよりもズット大きいように感じられた。……のみならず、まだ魚群も見えないのに巻線香に火を点《つ》けているのが、腑に落ちないと思ったが、しかし何しろ初めて見る仕事だからハッキリした疑いの起しようがない。これが友吉おやじ一流の遣り方かな……ぐらいに考えて一心に看守《みまも》っているだけの事であった。
 一方、甲板《デッキ》の上では「シッカリ遣れエ」という酔っ払いの怒号や、ハンカチを振りながらキーキー声で声援する芸妓《げいしゃ》連中の声が入乱れて、トテモ煮えくり返るような景気だ。そのうちに慶北丸の惰力がダンダンと弛《ゆる》んで来て、小船の方が先に出かかると、友吉おやじは忰に命じて櫓を止めさせた。……と思ううちに、その舳先《へさき》に仁王立ちになった向う鉢巻の友吉おやじが、巻線香と爆弾を高々と差し上げながら、何やら饒舌《しゃべ》り初めた。
 船の中が忽ちピッタリと静かになった。吾輩も、友吉おやじが吾輩の代りになって講演を初めるのかと思って、ちょっと度肝《どぎも》を抜かれたが、間もなく非常な興味をもって、皆と一緒に傾聴した。
 友吉おやじの塩辛《しおから》声は、少々上ずっていたが、よく透った。ことに頭から日光を浴びたその顔色は頗《すこぶ》る平然たるもので、寧《むし》ろ勇気凜々たるものがあった。
「……皆さん……
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