留藻が引いた三度の相図は、舟の上に両方の綱を持って待っていた、藻取の手にはっきりと伝わりました。それっというので選《よ》り抜きの力の強い若者が四五人、バラバラと駈け寄って綱に取り付いて、一生懸命引き初めましたが、こは如何《いか》に。綱はピンと張り切ったまま、一寸《ちょっと》も上へ上がって来ませぬ。これではいかぬと又四五人綱に取り付きましたが、それでも綱は動きませぬ。それではというので今度は船の上に、かねて用意の車を仕掛けて、それに綱を引っかけて二三十人の者が力を揃えて巻き上げにかかりましたら、やっと二三寸|宛《ずつ》綱が上がり初めました。占めたというので気狂《きちが》いのように勇み立った藻取と宇潮の音頭取りで、皆の者は拍子を揃えて曳《えい》や曳やと引きましたが、綱は矢張り二三寸|宛《ずつ》しか上りませぬ。そうして不思議な事には、最早《もう》鏡を見付けて、綱を結び付けたら用事は済んでいる筈の香潮も、美留藻も、波の上に影さえ見せませぬ。その中《うち》に短い秋の日は、とっぷりと暮れてしまいました。
今まで最早《もう》香潮が上がって来るか、最早《もう》美留藻が浮き出すかと、一心に海の面《おも
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